Aの父親は、Bを屋敷の中に招き入れた。
Bは、ソファーに座るAの両親に、自分がAの友人であること、一緒に山の森に入ったこと、心配になり、ここまで来たことを正直に話す。
Aには本当に申し訳ないことをした。
話している最中。Bは、Aをこんな姿にした事を怒られるのではないかと不安に思っていた。
だが、Bの話を聞いた後の両親の言葉は、意外なものだった。
「よく来たね。B君。君のことは、娘から聞いたことがある。優しくて心強い人だってね。」
父親の意外な反応に、Bは驚いた。
「実はね、私も、君に会いたかったんだ。」
「はぁ。」
Bは返事に迷い、曖昧な言葉を返す。
父親は、言葉を続ける。
「あの寺、…護所だったかな。あそこの堅物な坊主たちは、娘はもう二度と元の姿に戻らないと言っていたんだがね。私達は、そうは思っていない。何かのショックで、元に戻るかもしれないんじゃないかと考えているんだ。」
「はい…。」
流暢に喋る父親の話にBは相槌をうつ。
「私も医者だ。あれが、病によるものなんかじゃないと思ってる。そこで、Aの大事な友人である君に頼みたい。これから、Aに会って欲しい。大切な友人である君が説得すれば、もしかしたらAは正気に戻るかもしれない。あの子は、普段は素直じゃないが、根は優しい良い子なんだ。君の声で、自分を取り戻すかもしれない。やってはくれないだろうか。頼む」
Aの父親は、まくし立てる様にBに懇願する。
そして父親は、Bに頭を下げる。
隣に立つ母親も、少し気まずそうな表情をしながら、父親と一緒に頭を下げる。
Aの両親に頼られた!
俺になら、Aを助けられるんじゃないか。
そう思ったBは、Aに会うことを引き受ける。
もともとAに会いにここまで来たのだし、Bに異論はなかった。
Aのいる部屋に入るB。
Aは直立の姿勢で、腕と頭をダランと垂らしている。さっき目にした時のような異常な動きはしていなかった。
ただ、目は相変わらず大きく見開き、口元は何かを呟くように微かに動いている。
…今ならAに俺の声が届くかも知れない。
Bは、Aに語りかける。
「おいA! 俺だBだ。しっかりしろよ! 聞こえてるんだろ!」
Bは両手でAの肩を抱きながら、必死にAに声をかける。
だが、Aは先ほどの変わらず、床を凝視しながらブツブツと呟いたままだ。
…だめ、なのか。
BはAの肩からそっと手を離そうとした…。
その瞬間!
AはBの両腕を掴んだ。
いきなりのAの反応に戸惑いながらも、Bは掴んだ腕を振りほどこうと身を捩る。
だが、まるで万力のように締め付けるAの手を離すことはできなかった。
手を掴んだまま、Aの顔がBを向く。血走った眼がBを捉える。
先程の恐怖が蘇ったBは、さらに身を捩り、どうにかAの手を振りほどくと、部屋のドアに向かって駆け出す。
だが、どんなに力を加えても、ドアが空くことはなかった。
外側から施錠されているのだ。
「B君。」
ドアを揺する音に気づいたのか、父親の声がドアの向こう側から聞こえた。
「ここを開けてください!」
Bはドアの向こうの父親に向かって叫ぶ。
「残念だが、それはできない。」
「え?」
冷たく突き放すかのような父親の言葉に、Bは驚く。
「寺のクソ坊主どもが言っていたんだ。
『犠牲があれば娘は助かる』とな。
そこで、私達は、君を犠牲にすることに決めた。
クソ坊主どもの話を全部聞いたわけじゃないが、娘に取り付いた化け物を他の人間に取り憑かせれば、娘は元どおりになるんじゃないかと思ってね。
なんとか試せないかと考えていたところに、都合よく君が現れた。
まったく運がいい。」
「そ、そんな…。」
父親の話の最中も、AはゆっくりとBに近づいてくる。
両の手を不気味に動かしながら、大きく見開いた真っ赤な眼でBを凝視しながら。
「あぁ、そうそう。君が娘を脅して恐喝まがいなことをさせていたことは、娘が家から出て行く直前に聞いたよ。
数時間前に、初めて娘の頬を叩いた時にそんな事を言っていた。
娘は君に脅されていただけなんだ。
本当なら君を警察に突き出したいところだがね。
君のような愚かな人間は、呪われて死んだ方が世の為だ。
せめて、私の可愛い可愛い娘の役に立って…、
死んでくれ。」
なんだって?
Bは、父親の言葉に耳を疑う。
それきり、扉の向こう側から声が聞こえる事はない。
「ち、違う。あれは、Aも喜んでやっていたんだ。Aから持ちかけられたんだ。誤解です!」
鍵のかかるドアの向こうは静寂を保ったままであった。
首元がぞくりとする。
冷たさを感じる。
Aは、Aではないそれが、すぐそこまで来ていた。
そこで気付いた。
視界の隅に、
あの人形が、
赤茶けた着物の人形が、
その真赤な両眼で、
無表情にBの姿を見つめていた事に。
…Bは、そこで気を失った。
























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