森に入った夜、Bは俺と別れた後、Aの家に向かった。
Aの家は町の外れにある。
一度、近くまで行ったことがあるが、三本の大きな尖塔が特徴の洋館風の屋敷だった。
屋敷を囲む林を抜け、屋敷の外門まで行ったことがあるが、手入れの行き届いた広い庭には、紅や白の花々が咲き乱れていた記憶がある。
こんな屋敷で何不自由なく暮らして見たい。誰もが一度は思わせるような豪邸だった。
Bが屋敷の外門に着くと、庭の先の本館のほうから、何やら叫び声が聞こえた。
Aの声じゃないのか。
そう思ったBは、門を乗り越え、屋敷の庭に侵入した。
紅白の花が咲き乱れる広い庭を抜け、屋敷に辿り着く。
住人の目に触れないよう、屈み込み身を隠しながら、屋敷の壁に沿って移動する。
ふと、近くの窓に人の気配を感じ、中を覗く。
覗いた部屋の中で、高級そうな服を着た二人の男女が陰鬱な表情で立ち話をしている。
どうやら、あれがAの両親のようだ。
「だから…」「命…」「犠牲…」「そんなこと」「しかたない…」などの言葉の切れ端が聞こえてくる。
だが、何を話しているのかは、はっきりとは解らない。
とりあえず、見つかるわけにはいかない。
Bは再び身を伏せようとしたその時、
「…ギ………ロロァ……。」
Aの声が聞こえた。何を言っているのか聞き取れないが、確かにAの声だった。
その声は、Aの両親がいる部屋の奥に面するドアの向こうから聞こえるようだった。
幸い、このまま壁伝いで移動して行けば、隣の部屋の窓の下まで移動できる。
そう考えたBは、隣の窓の下へ向かい、窓を覗き見る。
窓ガラスの向こうには、Bの予想通り、Aの姿があった。
だが。
それはもう、Aではなかった。
「ヒャ!!」
Aの姿を見たBは、短い悲鳴を上げる。
そこに居たのは、Aであって、Aではなかった。
窓の向こう、薄暗い部屋の中で。
薄手の白い装束に着替えさせられていたA。しかしその中身は、最後に見た時から更に変貌していた。
手足の関節という関節は、あり得ない方向に折れ曲がっていた。それはまるで幼子がマネキン人形を無理やり捻じったかのようであった。
不自然に歪んだ足で、部屋の中をゆっくりと移動し
上半身は大きく仰け反ったと思えば深く前傾姿勢になったりと前後への動きを繰り返している。
果たしてあの姿勢でどうやって地面に立っていられるのか、ましてや歩けるのか、疑問を覚えるほどだ。
体を動かすたびに、長く伸びた黒髪が大きく揺れ動く。
時折、両の手を大きく前に伸ばし、何かを掴むような動作を繰り返している。
…いや、あの動作は、掴んでいるんじゃない。
捻じり切ってるのだ。
Bは、坊さんの言っていた、Aに取り憑くナニカの名前を思い出す。
括リ姫。
そうだ。あいつは、目の前にいる見えない誰かの首を掴んで、捻じり切ってるんだ。
俺は、Aの姿を凝視したまま立ちすくんでいた。
ふいに、Aの動きが止まる。
大きく仰け反った体勢のままで。
髪がだらしなく垂れ下がる。
上半身仰向けのまま、顔だけが、窓の外にいるBの方向を見る。
普段のAの倍はあるんじゃないかという程見開いたAの両の目が、Bの姿を捉えた。
その目は赤く血走り、瞬きを忘れているかのように、一瞬の間も開けることなく、Bを凝視する。
姿勢を崩さないまま、両手をBの方向を向けると、手を伸ばし始める。
俺を縊り殺す気だ。
そう感じたBの首元に、ひやりとした感触が触れる。
届くはずのない距離なのに。
両者の間には窓ガラスをまたいでいるはずなのに。
Bは、強く首を締め付けられる感覚を覚えた。
その瞬間、Aは、大きく口を真横に開き、唇の両端を吊り上げる。
それが醜く歪んだ笑い顔で有ることに気付いた瞬間。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
Bは、叫び声を上げる。
その直後、誰かに肩を叩かれ、Bは我に返った。
はっして、後ろを振り向くと、立派な身なりの初老の男性…Aの父親が立っていた。


























そんなことはない
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