強制ハッピーエンド
投稿者:左右 (12)
後藤さんの趣味は古本屋巡りだ。個人経営の店にも行くし、全国展開するチェーン店にも足を運ぶ。
「でも、行きやすい店と行きにくい店ってあるじゃないですか。ほら、店員さんが感じよくて好き、とか、逆に雰囲気とかがなんか嫌だなって思って行かなくなる店」
そうなると足を運ぶ店舗も限られてくる。慣れ親しんだ店はいいものだが、初めて訪れた店舗での宝探し的な高揚感はない。新鮮味が欲しい。
そこで後藤さんは隣県まで遠出を決めた。地方都市によくある広大な駐車場を構えた全国チェーン店。意外と、こういった所に絶版本があったりする。
チェーン店だけあって店内は清潔で明るく店員も愛想がいい。有線音楽を聴きながら棚の間をぶらぶらしていると、一人の女性客が目についた。ロングヘアの清楚な美人。
手に取った本に染みや折れ目がないか確認する最中も、同性の後藤さんでさえ惹かれてしまうような美女をついつい視線で追ってしまう。
(女優さんみたいだな。大和撫子ってこういう人の事かな)
人様を盗み見るなんて失礼だと分かっていても、あまりに美しくてつい見てしまう。その整った横顔から目が離せずにいると、美女が口を開けた。
(欠伸かな?今日天気いいもんね)
違った。
女性客はぱっかりと口を開けたまま微動だにせず、開いて持つ文庫本の紙面を凝視している。
何?どうしたの?横目で窺う後藤さんの視界に黒い羽虫の群れみたいなものが入った。それは女性客が持っている本から湧き出している。
(虫?え?虫?何?何?)
目をこらして、後藤さんは虫のような黒い群れが文字だと気づいた。コンタクトレンズをしていてもあまり視力は良くないのだが、はっきり文字だと分かる。
『は』『あ』『私』『…』『、』『忘』『彼』『。』『愛』『ゆ』『?』まるで文庫本から逃げ出してきたかのように、わらわら浮き上がった明朝体の群生が女性客の口内へ吸い込まれていく。
浮遊していた活字たちをひとしきり吸い込んでしまうと、女性客はガムでも噛むようにもぐもぐ口を動かした。咀嚼して、飲み込む。
彼女が口を開けると今度は逆の現象が起こった。口中から文字たちが現れ、ゆらゆらうねうねしながら紙面へ戻っていく。
女性客は文庫本を陳列棚に戻し、何事もなかったかのように立ち去った。
「ありがとうござあっしたー!!まーたお越しくだしゃっせぇー!!!!」
威勢のいい男性店員の声が響くなか茫然とする後藤さんだけが残された。
「本、どうだったんですか?文字が一部消滅して支離滅裂な内容になってたり?」
「いや普通に本でした。ロマンスの文庫本で……もう二十年くらい前に書かれたやつかなあ。ギリシャの海運王とイギリス人ヒロインの恋物語で。でもあれ、悲恋で終わる話なんですよ。ロマンス本って二人は結ばれました、で終わるハッピーエンドが主流だったのに片方が死んじゃう。結末が衝撃的で私よく覚えてるんです」
だが、後藤さんが確かめた本は悲恋要素なんか微塵もない幸せエンドだったという。病で息を引き取ったヒロインもいないし、忘れ形見の息子を立派に育て上げると決意した元プレイボーイの海運王もいない。
ありがちな紆余曲折を経て結ばれた二人が未来について語るという、ロマンス小説によくあるシーンで終わっていた。
「改竄されたんです。あの女性が強制的にハッピーエンドにしちゃったに違いないんです」
とはいえ、確かめるすべはない。後藤さんの周りに件のロマンス本を読んだ人はおらず、作者も没している。ネットで調べても『ありきたりな話』『量産型の古典ロマンス』という散々なレビューが一つか二つ見つかる程度だった。
しかし後藤さんはあの女性客が物語の内容を改竄・改変したのだと信じている。
「悔しい。すっごい悔しい。悲恋だからこその深みなのに。いくら片方が死んじゃうのが悲しいからって安易なハッピーエンドにしちゃダメじゃないですかあ」
面白い
ペロ……これはBOOK・OFF……!!
この女性には是非ス○ホ太郎を改竄してほしい。