霊体ザメ
投稿者:左右 (12)
「サメも霊になるんですよ」
B君はそう言い張る。
ある日のこと。B君は暇を持て余し、アパートのベランダから外を眺めていた。
少し遠くを人が走っている。スーツを着た会社員風の男性が、汗で額を光らせながら必死の形相で走っていく。
あの人、何あんな急いでんの?ていうか今日って日曜じゃん。
休日出勤ご苦労さんっす。
そこまで考えて、B君は現実を思い出した。
彼の部屋は二階にある。会社員風の男性は空中を走っているし、しかもちょっと透けている。
「んえぇ?」
ベランダの柵から身を乗り出さんばかりにして観察していると、サメが現れた。
流線的でいて若干ずんぐりしたフォルム。半開きになった口からは、ずらりと並んだ鋭い歯が窺えた。
「いや、マジでサメなんす。サメだったんす。最初、フカヒレがこう、フェードインしてきたんで。えっ何?ジョーズなん?って思いながら見てる内に、ヒレだけじゃなく全体像が見えて、サメになってきて。あれホホジロザメっすね。四メートルくらいありましたもん」
サメだった。
男性は尚も全力疾走を続けている。時折背後を振り返っては恐怖に顔を引きつらせ、叫ぶように口を開閉させる。その様子からして、サメから逃げているのは明らかだった。
男性の叫び声は聞こえない。まるで無音の映画を観ているような感じだった。
「逃げて!!こっち来ていいから!!って言ったんですけど、向こうには聞こえてないっぽくて」
無情にもサメと男性との距離は縮まり、B君いわく「霊体ザメ」は大口を開けた。
「ガブって。胴体めっちゃ噛まれてました。でも血とか出てないんすよ。霊だからですかね。うわー、これ通報した方いいやつ?でも霊がサメの霊に襲われてますとか言うん?とか思ってる間に霊体ザメと幽霊フェードアウトしてったっす」
あとには澄んだ青空と、茫然とするB君だけが残された。
「俺思うんですけど、あの霊体ザメに食われて消えてる霊とか絶対いますよ。成仏したとか霊能者に除霊されたじゃなく、サメに食われて消えた」
霊界にも食物連鎖は存在するらしい。
「だからサメ映画って事実を元にした映画かもしれない、って。クソサメ映画で霊体になったサメが襲ってくるやつあるんすけど、もしかしたら、それ撮った監督も俺と同じ経験したんじゃね?って思ってます」
B級サメ映画観たくなった