俺は入院着から黒焦げの私服に着替えると事件現場に向かった。
『運賃は警察に請求してくれ』
俺はタクシーの運転手に言った。死刑囚だった俺は今さら無賃乗車くらい気にしない。
『納屋警部を呼んでください』
俺は現場の警官に言った。
『お前は大崎だったな。何だ、そのコジキのような姿は』
納屋警部はこの事件の責任者のようだ。回りの警官の態度でそれがわかる。
『そんな事より俺なら人質を解放できます』
『何だって!?』
警部は今から犯人が立て籠もっているビルに警官隊を突入させるところだったようだ。
『俺に任せてもらえばもっと安全な方法があります』
俺は警部に犯人と電話を繋いでもらった。
『妻と娘を轢き殺した居眠り運転手は連れて来たのか』
犯人の怒声が電話口から響いた。犯人は事故の加害者の引き渡しを要求しているのだ。
『人道的見地からそれはできない。それよりお前と話したい人が来ている』
警部は俺に電話を渡した。俺はHに借りたスマホを電話に向けた。
『もしもしわたしが誰かわかる?』
スマホのスピーカーから女性の声がした。
『ま、まさか・・・』
犯人は絶句していた。二度と聞けない声だからだ。
『妻は死んだ。騙されないぞ』
俺が死神に頼んで天国にいる奥さんを呼び出してもらったのだ。
『死んだけどいるのよ。娘も一緒にいるわ』
『代わってくれ』
犯人は涙声になっている。
『パパ、あたし日照り(ひでり)よ』
娘の名前は日照りか。変わった名前だ。
『ヒデリンか?』
犯人は娘に言った。
『あたし日照りよ。パパからヒデリンなんて呼ばれたことないわ』
投稿者のグレートリングです。
あまり怖い話でないと自覚してますが、そんなものだと納得してお楽しみください。