死神の副業 たったひとつのタブー
投稿者:グレートリング (3)
第三話 たったひとつのタブー
『通行券は俺が持っていていいのか?』
俺は囚人服をスーツに着替えながら言った。スーツは死神が俺の実家から持って来たものだ。
『走馬灯が終わったときに回収する。蝋燭の炎が消えたら走馬灯は終わりだ』
蝋燭の炎は死刑執行前と変わらなかった。だいたいこの炎は絵でなかったのか。
『面会室で話した注意事項は忘れてないだろうな』
死神はもうビジネス敬語でなかった。
『何だったかな?』
あの時はうわの空だったのだ。
『走馬灯は仮想空間でなく実在する過去の世界だ。登場人物も実在する人間だ』
つまり過去の世界にタイムスリップした状態だ。
『思い出した。過去の自分と会ってはいけないのだった』
『直接会う以外にも電話や手紙で連絡することも禁止だ』
出来るなら歩行者天国での凶行なんて止めさせたいがそれは無理だった。
『それさえ注意すれば後は何をしてもいい』
俺は死神と別れて勤め先の小学校に向かった。
『みんなおはよう』
俺が教室に入ると生徒たちから歓声が上がった。今の俺は犯罪者でも死刑囚でもなかった。クラスでひょうきん教師として有名な大崎先生だったのだ。
『今日のジョークはガチョ〜ンだ』
生徒たちから笑いと『もう古いよ』のヤジが飛んだ。
俺がリクエストした走馬灯は小学校の先生だったのだ。アラブの大富豪やアイドル歌手にしようかとも悩んだが俺はそんな人生を望んでなかった。
本当の俺は大学を中退して地元の工場に勤務したが、そこでも人間関係のトラブルから無断欠勤が続いて実家に引きこもるようになった。そして歩行者天国の凶行に行き着くのだ。
『どうして周りと仲良くできなかったのか?』
それは俺のプライドが高すぎて他人から笑われるとすぐ発狂していたからだ。
『それならいっそ自分から笑われたらよかった』
刑務所の独房で何度も後悔したが時すでに遅し。だから走馬灯の中で人生をやり直せるなら俺の望みはひょうきん者の先生だった。
『宿題を忘れた者はピコピコハンマーの刑だ』
俺の授業は毎回そんなだった。
そして俺の教師生活は順調に過ぎて行く。学校の同僚や生徒ともトラブルはなく、だんだん今の日常が本当の現実ではないかとさえ思えるようになった。
『実は死刑囚だった方が悪い夢ではないのか?』
投稿者のグレートリングです。
無差別殺人を犯した主人公がお気楽な日常を楽しむのは不公平なので少し苦しめることにしました。