赫い指
投稿者:マチノスケ (16)
サキちゃんが、一滴の血も流していなかったことです。
なくなった左腕の切り口は、まるで最初からその先がなかったかのように綺麗に皮膚で塞がれていて、サキちゃん本人も全く痛がっている様子はありませんでした。そして見つかったサキちゃんは記憶が飛んでいて、自分の身に何が起きたのかを覚えおらず誰が何を聞いても「分からない」「覚えてない」の一点張りでした。その時の彼女はどこかボンヤリとしていて、心ここに在らずといった感じがしていました。
その目は、何も見ていませんでした。
そのあとは、また大騒ぎになって。
「サキちゃんはしばらく学校に来れなくなりました」という連絡が先生からされました。
それから、サキちゃんが戻ってくることはありませんでした。
彼女が見つかって一週間ほどが経った時、突然「サキちゃんは転校しました」という旨の連絡が先生からされたのです。たぶん嘘なんだろうなと皆が思っていましたが、もう話題に出すことすらいけないというような空気になっていましたから、誰も何も言いませんでした。田舎町の小学生でロクな連絡手段を持っていなかった当時の私たちに、彼女がどうなったのかを確かめる術はありませんでした。学校の先生は何も言ってくれないし、両親や周囲の大人たちは嘘なのか本当なのか「自分たちにも分からない」と言うし、サキちゃんの家があった場所は既に誰もおらず、もぬけの殻になっていました。
今でも、分かっていません。
どこにいるのか、そもそも生きているのかも分からないままです。
ただ……後になって、サキちゃんが病院に行くために学校を休んだ日、彼女のことを診た個人診療所の医師に話を聞くことはできました。ほとんど村落のような小さな町です。診療所なんて、わざわざ探そうとしなくても自ずと絞れます。その医師もサキちゃんの行方を知っていたわけではなかったんですが、あの左腕のことを話してくれました。
その結果分かったのは、より不可解で気色の悪い事実だけでした。
彼によると、あの日サキちゃんは両親に連れられて、泣き叫びながら病院に来たのだそうです。「左腕が痛い、左手の指が痛い」と。様々な手を試しましたが、一向に治まる気配がなかったそうです。どうしたものかと困り果てていると突然痛みが引いていき、そして何事もなかったかのようにサキちゃんも泣き止んだというのです。結局、原因も何もかもさっぱり分からずお手上げ状態で「もっと専門的で大きな病院を紹介するから連絡を待ってください」と、その日は「絶対に外へ出ないように、安静にしておくように」と釘を刺し家に帰した。
……その時のサキちゃんの左手は、どうなっていましたか。
気がつけば、そう聞いていました。
すると、彼は黙って一枚の写真を渡してきました。
サキちゃんを診た時に、撮ったものだと言って。
「本当はこういうの見せちゃいけないんだけれど」
「口で言っても、絶対に信じないだろうから」と言って。
二人の感性か、時間帯か。あるいは墓石に潜む存在に魅入られたか。本来見つけることのできない、墓石へと続く道が現れてしまった、とでもいうのだろうか。
むかしは逢魔が時と呼ばれたものだ。昼から夜へと移りゆく、なにげない夕刻のひとときに、このように悲運へと引き摺り込まんとする魔の手が蠢いているのかもしれない。