「穴?」
「そう、スコップで穴を掘らせるんだ」
「え?なんでそんなことくらいで狂ったり自死したりするんですか?」
田中さんは澁谷の問いにまた不気味に微笑むと、また口を開く。
「うだるような蒸し暑い気候の下鬱蒼とした林の中に連れてこられた捕虜たちは適当な砂地の真ん中に立たされた後、各々スコップを手渡される。
スコップと言っても幼児が使うような小さなやつだ。
そして足元の地面を掘ることを命じられる。
しかも自分の背丈くらいに深くと。
命じられた連中は朝から晩まで息を切らし汗を拭いながらひたすら掘り続けた。
彼らの傍らには日本兵が銃を持って見張っている。
そしてようやく何とか穴は出来る。
泥と汗まみれになりよろめきながら地表に上がった連中に、また日本兵は命じるんだ。
その穴をスコップで埋めて、また元の地表に戻すんだと。
それを来る日も来る日もやらせるんだ。
うだるような暑い日もじめじめした雨の日も、、、
他のことは一切やらせずにね。
やがて屈強な兵士たちの幾人かは発狂し、幾人かは自ら舌を噛んで亡くなったという。
どうだい、今の私たちにどこか似てると思わんか?
衛生兵だったじいさんは捕虜の亡骸を大八車に乗せ焼却炉の前まで運ぶと、まるでゴミのように焼いたそうだ。
焼却炉の背後に建つ黒い煙突からもうもうと立ち上る灰色の煙。
それを見るたびに彼は、人間という存在の愚かさ儚さを思い知ったという。
そしてとうとう事件は起きる。
それは亜熱帯地域特有のじめじめしたぬるい雨が朝から振り続いていた日のことだったらしい。
いつものように穴を掘り続けていた黒人の兵士が突然奇声をあげて監視役の日本兵に襲いかかり銃を奪うと、まずその日本兵を射殺。
さらにその場にいた仲間の捕虜たちまでも全て射殺すると、そのままジャングルの中に逃走。
それから小屋まで行き着くと、そこで待機していた日本兵全員を射殺した。
























オカルト的な怖さより普通の人が正気を失って行く様がとても怖い。それが戦時下であれ企業であれ平気で追い詰めて行く人の存在はもっと怖い。
コメントありがとうございます
正に人間の所業こそが恐怖です
━ねこじろう
会社の人達(田中さんを含む)の主人公に対する接し方の違いが緻密に書かれているのが良い!主人公は「訳あり部署」で一人仕事をさせられる孤独感や虚しさ、哀しみを、田中さんとの会話で紛らわしていたのでしょうか。
このお話の田中さんが好きで、時々読みに来ています。総務部資料係の男性は温厚そうですが、本当に主人公に純粋な好感を寄せていたのでしょうか。穿った見方かもしれませんが、小癪な大学の同期が自滅行為をしてくれたので、安堵しているのかもと思いました。