あの夏への扉
投稿者:綿貫 一 (31)
今どきの子供はませているというか、変に語彙が豊富で困る。
「お客にそういうことを云うもんじゃないなぁ。
私は、夏休み明けから君達の学校に赴任する教師だよ。
君のクラス担任の先生に、希ちゃんには特別たくさん宿題を出してくれ、と伝えておくことにしよう」
もちろん、私は教師などではない。
しかし、私の適当な嘘に、希はばつの悪そうな顔をして擦り寄ってくる。
もみ手でもしそうな勢いだ。現金な子だ。
「へへへ……それを早く云ってよ、やだなあ。
あ、そうだ。先生、こっち来たばかりなんでしょ?
希、案内してあげよっか?」
「へえ、それはありがたいけど、君、店番があるんだろう? 勝手に抜け出したらまずくないか?」
希は大丈夫と云うと、奥へ引っ込んだ。
そしてすぐに戻ってくる。
手の中には「本日閉店」と書かれたプレートがあった。
「適当だなあ」
「いいのいいの」
希が屈託なく笑う。
紗雪に似た笑顔で。
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僕が紗雪に出逢ったのは、小学3年の夏休み――この町で過ごした、最後の夏のことだった。
『ごめーん! それ、私のー!』
小川を流れてきた麦わら帽子を、なんだろうとすくい上げた僕に、遠くから呼びかける声が響いた。
声のする方を見ると、同い年くらいの女の子が、息を切らせて走ってくるところだった。
彼女は僕の側までやってくると、がくりと膝を折った。肩を激しく上下させている。
『はあ……、そ、それ…、はあ、わ、たし、はあ、の…』
『一旦、息を整えなよ』
僕はへたり込む少女を、拾った麦わら帽子であおいでやった。
しばらくして落ち着いたのか、僕のことを見上げて微笑んだ彼女。
【吉良吉影!雪女に会う~少年時代 特別編~①】
何となくこれを思ったw