あの夏への扉
投稿者:綿貫 一 (31)
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祭の喧騒を離れて、神社の裏山に星を見に行った。
僕の右手には、ふたりで捕った金魚の入った、大きめのビニール袋。
紗雪は屋台で買ったラムネアイスを左手に持って、小川に沿って歩いた。
明かりのない山奥で、紗雪の肌は一層白かった。
雪のように、闇の中でぼんやりと光って見えた。
小川にかかる橋の上。
二人して天の川を見上げた。
紗雪が云った。
『洋ちゃん、今日でお別れだよ』
僕ははっとして、隣に立つ紗雪の横顔を見つめた。
紗雪は空を見上げたまま、薄く笑みを浮かべていた。
彼女は泣いていた。
『ずっと黙っていたけれど、私はね、この山に住む雪女の子なの。
本当なら、夏に里に降りてきちゃいけなかったんだ。
でもね、ずっとずっと、話しかけたかった子がいたから。だから今年はね、黙って抜け出してきちゃったの。
楽しかったよ。すごく楽しかった。
洋ちゃんと一緒に過ごした夏休み。
でも、私の時間は、もうここまでみたい。
見て、身体が雪に戻ってく。
もっと一緒にいたかったけど、ここまでだね』
少女の身体が淡雪になって空へと昇っていく。
僕は、紗雪の名を叫んだ。
彼女は微笑んだ。
『ありがとう、私のために泣いてくれて。
忘れないで、私のこと。
私、洋ちゃんのこと――』
言葉の続きは聞けなかった。
橋の上には、わずかに、ラムネアイスを握った少女の左手首だけが残っていた。
アイスに冷やされていた分だけ、時間が残っていたのか。
それも、今にも空へと帰っていこうとしている。
【吉良吉影!雪女に会う~少年時代 特別編~①】
何となくこれを思ったw