優良物件の裏側
投稿者:青空里歩 (2)
それは、シミというよりは、人の形をした影と言ったほうが当たっているかもしれない。
その影を見た瞬間、中田さんは、幼い頃、田舎の祖父宅に宿泊した際、漆喰の壁に張り付く黒い大きな人影を思い出した。
その人影は、深夜トイレに行く途中、寝相の悪い中田さんを気遣い、寝室を訪れた祖母の姿を豆電球が映し出した影に過ぎなかったのだが、まだ、幼い中田さんには、その人影が、やたら不気味に視えて、声を上げて泣き出してしまったのだった。その日以来、祖父の家が、苦手になった。
記憶の底に眠っていた過去の思い出が、今日に限って苦く蘇ってくるのは何故だろう。
中田さんは、ふと湧き上がった雑念を振り払うがごとく、管理人の島田さんと戸田さんの間に割って入った。
「この浮き出たシミ。シルクハットを被ったお洒落な紳士に見えますねぇ。」
管理人の島田さんが、場の空気を和ませようと、明るい声で話しかけるも、戸田さんは、じっと壁に浮き出たシミを睨みつけているだけで応えようともしない。
たしかに、島田さんの言う通り、壁のシミは、シルクハットを被り、直立不動で佇む中年男性に見えなくもない。体型は、やや細身。上背は、170センチ前後といったところだろうか。
平面な壁面に浮かび上がるシミは、豆電球が映し出す人影のように妙に生々しく、今にも壁から抜け出し、こちらに向かって歩き出しそうな気さえする。
幽霊の類を信じてはいなかった中田さんだが、訪れてからずっと悪寒が止まらない。
「気のせいか、少しずつ、形が変わっているように見えませんか。」
同意を求める戸田さんの声は、ぷるぷると慄(ふる)えていた。
「気のせいですよ。ロールシャッハ検査だと思えば。ははははは。」
島田さんは、おどけてみせたが、戸田さんは、にこりともしなかった。
「他になにか気がついたこととか。おかしなことはございませんか。」
「ないですね。とりあえずは、このシミをなんとかしてほしいかな。」
「わかりました。早急に対処させていただきます。」
中田さんは、管理人の島田さんと相談し、オーナーの斎藤さんとその場で連絡を取り、即了承を得ることが出来た。その後、馴染みのリフォーム業者に依頼し、翌日の午前中には、管理人の島田さんから、無事張替え作業が終了したとの報告を受けたばかりだったのだが、わずか2日余りで壁にシミが浮き出るとは、どういうことだ。厭な汗が流れてきた。
問題は、シミだけではなかった。
地下室と、そこから湧き出るハエの存在である。
2日前に訪れた際は、ハエは一匹も飛んではいなかったはずだ。
長年、この仕事をしていると、借り手が頻繁に入れ替わる部屋、なかなか借り手のつかない部屋、何故か全く売れない物件を手掛けることがままある。
過去、数件、曰く付きの「事故物件」を手掛けたことがあるが、一度もクレームを受けたことがない。
仮に何らかの怪異や、よしんば幽霊の類に遭遇したとしても、彼らとて、生前は、自分と同じ人間だったのだ。最悪、お祓いとか、ご供養とかすれば落ち着いてくれるだろうと気楽に考えていた。
そういえば、この物件を内見に来ていた客が、それとなく話していた言葉を思い起こす。
「B棟のスペースを、A棟とC棟の中庭にしたら良かったのに。」
「B棟、どうして建てたんでしょう。ない方がすっきりするのに。」
中田さん自身、B棟に対する違和感をうすうす感じてはいたが、都会では、狭い土地にアパートやマンションが屹立するのは、当たり前のことだ。この程度ならと、別段気にも止めなかったのだが。
2度めの訪問である。
中田さんは、逸る気持ちを抑えつつチャイムを押した。
・・・・・・
応答がない。
「戸田さーん。こんにちは。にこまる不動産ですが。」
再び、チャイムを押しながら、努めて明るい声を張り上げ呼びかけてみるも、全く反応がない。
文章うまい!これからの作品にも期待!!
不気味です((( ;゚Д゚)))
ありがとうございます。ご期待に添えるよう頑張ります。よろしくお願いします。
面白かった!
投稿してから日も浅いのに、率直な感想を頂戴し、とても嬉しいです。
何人かの方がYouTubeで朗読してくださいました。皆様が、新作を心待ちにしてくださるようなクオリティの高い作品を目指して頑張ります。
面白かったでしょうか。率直な感想ありがとうございました。