優良物件の裏側
投稿者:青空里歩 (2)
仕方がないので、合鍵で中に入ろうとドアノブに手をかけたとたん、ギィと鈍い音を立て、ひとりでにドアが開いた。
その隙間から、この瞬間を待っていたかのように、夥(おびただ)しい数の銀バエが、ぶ~ん、ぶぶぶぶ~んと不快な羽音をさせ飛び出してきた。
「うわぁ、なんじゃこりゃ。」
中田さんは、身体にまとわりつこうとする数十匹のハエを手で払いのけながら、
「戸田さーん、にこまる不動産です。例の件で参りました。入らせていただきますよ。」
声を張り上げ、ゆっくりと足を踏み入れた。
むせ返るような異臭が鼻を突く。
4月上旬だというのに、湿気を帯びた室内の淀んだ空気。
数年前に独居老人の孤独死の現場に立ち会ったことがあるが、その時と、同じ臭いと漂う空気に吐き気を覚えつつ、戸田さんの名を呼び続けた。
ヒュー ヒュー ヒュー
微かな息遣いが聴こえてきた。
閉じられたブラインドから溢(こぼ)れる糸のような陽光を頼りに、息遣いが聴こえるキッチンのあたりへ身を乗り出す。
そこには、ダイニングテーブルの足元に凭(もた)れ、頭頂部を見せたまま項垂れる男がいた。
駆け寄り跪き、肩を揺すりながら、声をかけた。
「と、戸田さん・・・ですね。大丈夫ですか。どこか具合でも悪いのですか。」
「・・ゔっゔゔゔゔゔ」
喉を締め付けるような呻(うめ)き声とともに、項(うな)垂れていた男の首がぐらぐらと左右に揺れた、
首は、90度に折れ曲がり、顎の部分から、血が滴り落ちていた。
予想外の事態におののき、バランスを崩した中田さんの目に、張り替えたばかりのアイボリーの壁面が、赤紫色に変色しているのが見えた。
うぐっ
中田さんは、息を呑んだ。
黒いシミと思われたものは、ネトネトした粘液をひきずり、塊となって蠢(うごめ)いている銀バエの大群だった。
銀バエは、中田さんの存在に気づくやいなや、壁から空中へと一斉に飛び立ち、不快な羽音を震わせながら瞬く間にその場からいなくなった。
銀バエの大群が去った跡には、例のシルクハットを目深に被り、直立不動で佇む男の姿が、塗り固められたように浮かび上がっていた。
たしかに、2日前に見た時より、更に色濃く鮮明になっている。
べリ
べリ
何かが剥ぎ取られる音がし始めた。
(う、嘘だろう。)
壁に浮かび上がる男の姿をしたシミが、壁からゆっくりと身を乗り出し、中田さんに向かって近づいてこようとしているのだ。
文章うまい!これからの作品にも期待!!
不気味です((( ;゚Д゚)))
ありがとうございます。ご期待に添えるよう頑張ります。よろしくお願いします。
面白かった!
投稿してから日も浅いのに、率直な感想を頂戴し、とても嬉しいです。
何人かの方がYouTubeで朗読してくださいました。皆様が、新作を心待ちにしてくださるようなクオリティの高い作品を目指して頑張ります。
面白かったでしょうか。率直な感想ありがとうございました。