サイレン
投稿者:とくのしん (65)
不意に置いてけぼりを食った木村があとに続く。半狂乱に走り続ける沢田に木村の声は届いていない。自身も恐怖で発狂寸前だったという木村であったが、沢田の背中をようやく捉えると引きずり倒し馬乗りになった。
「落ち着けよバカ!そっちじゃねぇだろ!」
尚も暴れる沢田であったが、木村の声にようやく正気を取り戻した。
「早く逃げるぞ!」
沢田の腕を掴み、来た道を必死に戻っていく。沢田は何度も後ろを振り返りながら
「行かなきゃ・・・行かなきゃ・・・みんな待ってる」
と意味不明な言葉を呟き続けていた。
辺りが暗くになっていた頃、ようやく炭鉱町入口まで辿り着いた。息も絶え絶えになりながら必死に山道を進む。うやくバリケードが見えてきたときにはあたりは真っ暗になっていた。そうして二人はバイクに跨り、急ぎその場を離れた。
旅館につくと、仲居が自分たちの部屋に料理を運ぶ準備をしているところであった。
「お客さん、ちょうど良かった。夕食の準備が出来ましたよ」
二人は仲居が手に持つお膳に並ぶ暖かい料理が放つ匂いに、ようやく生きていることを実感することができた。食事に舌鼓を打ち、その日あった恐怖体験を忘れるかのように飲んで騒いだ。
その日、木村は夢を見た。
どこか活気ある町にいる。あたりは夕暮れ時。薄暗い空の下、飲食店や居酒屋が立ち並ぶ路地を多くの人間が行き交う。その街並みはどこか古臭い。映画で見るような昭和レトロな雰囲気に甘美なノスタルジーを感じた。
木村が歩みを進めていると、自分を呼ぶ声がする。視線を声の主に移すと、沢田が飲み屋の中から手を振っていた。中には無数の客がおり、そこに沢田もいた。沢田は薄汚れたTシャツに作業ズボン、煤に塗れたような薄黒いタオルを首にかけていた。沢田を取り囲む男連中も似たような出で立ちで、何故だか唐突に彼らが炭鉱夫だということを理解したそうだ。
手に持ったジョッキに入ったビールをぐいっと飲み干した沢田が
「木村!俺はここに残る!!今までありがとう!」
満面の笑みで叫んだ。
「沢田!何言ってるんだ!?どういうことだよ?」
「お前は帰れ!達者でな!」
空のジョッキを高々と掲げて再び叫んだ。
「・・・沢田?」
夢から覚めた木村は、隣で寝ている沢田の布団に目をやった。そこに沢田の姿はない。
トイレにでも起きたのかと思い、部屋のトレイに向かう。しかし誰もいない。
部屋の明かりをつけると、そこには沢田が着ていた浴衣が乱雑に置かれていた。そして気づく、沢田の荷物がないことに。
時計に目をやると時刻は午前3時。枕元に戻り、充電中の自分のスマホを手に取った。沢田に電話をかけるが繋がらない。何度かけても沢田が電話に出る気配はなかった。コールしたままのスマホを耳に当てながら、部屋を飛び出し、旅館の入り口へと向かう。
旅館の入り口は、最低限の明かりのみが灯っていた。沢田が電話に出ることを祈りながら、旅館の外に出た。止めてあるはずの沢田のバイクが無い。
「沢田がどこに向かったかフロントの人なら知っているかもしれない」
急ぎ無人のフロントに戻り、呼び鈴を鳴らした。しかし従業員は誰も出てこない。
仕方なく一旦部屋に戻り身支度を整えた。こうなれば自分が探しに行くしかない。
他の投稿者には悪いですけど別格ですね。
安定感があって毎回ハズレがない。
心霊スポット系の怪談の中でも、ダントツに怖く、切なく、考えさせられる内容でした。この方の作品は、安定していてハズレがないですね。ノスタルジックな情景描写も、かつての繁栄を知るもののひとりとして、胸迫るものがありました。
凄い。
これを元にショートムービー作って欲しいレベル
木村さんを伝聞調になった辺りから、何となく展開が読めましたが、物悲しく切ない感じがよかったです。炭鉱の町というところがいいですね。長崎出身の私、軍艦島は小さい頃生きました。
これは凄い。数ある投稿の中で群を抜いている。情景が目に浮かぶ。自分も物語の中に一緒にいるような、とても不思議な感じ。とにかく素晴らしい。ありがとうございました。
もうーーー、作品としての出来が素晴らしいです タクシーが現れた時点で痺れた そしてタクシー運転手のセリフがもう 予想通りながらまたまたしびれます! そのセリフの中身がホテルキャルフォルニア
たくさんのコメントと投票ありがとうございました。
準大賞受賞することができて嬉しい限りです。
お気に入りのYouTubeチャンネルで動画にしていただいて、何度も聞き返してしまいました(笑)
動画にしてくれた編集者の方にも感謝です!
鳥肌がたった
何よりもすごかった。表現が天才
大傑作
最高に面白かったです。怖さと気味の悪さと、寂しさが絶妙なバランスでした!大好きな作品になりました!