感情屋
投稿者:rark (32)
甘かった。いくら目覚めがいいからと言って、いつもの日常が変わるはずはなかった。仕事に疲れ、フラフラとした足取りで帰路に着くと、またあの「感情屋」が目に入る。
「……いらっしゃい」
しわがれた、あの老婆の声。「お任せでいいかい?」
頷くと、老婆は青い飴玉の入った瓶を取り出す。
(これは?)
「これはね。”悲しみ”だよ。あんたの感情のパーツを1つ埋めてくれるだろうさ。」
そう言うと老婆は、飴玉を1つ取り出し、昨日と同じようにポリ袋に飴玉を1つ入れ、
「300円だよ」
と一言。財布から百円玉を3枚取りだし、シワの入った老婆の手のひらの上にのせる。
「まいど……」
店を後にし、フラフラとした足取りでアパートに帰る。そして飴玉を口の中に放り込み、布団に倒れ込む。
また夢を見る。
これもまた小さい頃の夢。リビングで一人泣いていた。手の中には、犬用の首輪が握られている。
(これは確か……ああ、そうそう。飼っていた柴犬が死んだ時か……)
見ているうちに、段々と夢の中の悲しみに包み込まれ、手の甲の上に……涙が落ちる。
そこで目が覚めた。目が覚めてなお、妙に悲しい。だがそれで、いつもの憂鬱が紛れたような気もする。
ギシ……ギシ……
ズキズキと痛む頭を掻きむしりながら、アパートのドアを開ける。そこからというもの、男は帰りに感情屋によることが、日課となっていた。喜び、怒り……。様々な感情を買う度に、以前失っていた感情が、戻って行くような感覚がする。だがそれと同時に、自分の中から、少しづつ感情が抜けていくのを感じた。まるで小さな穴の空いたゴムボールのように、少しづつだが抜けていくような感覚に陥っていた。
ギシ……ギシ……!!
最近は、あの音も強くなっているような気がする。しかし、感情があるせいなのか、満員電車や会社内のものが、妙に鮮明に感じる。
帰路に着くと、またあの店が見える。冷たい木製の扉。カラン♪となるベル。しかし、それらのいつもの光景と違ったのは、店に入るとすぐ見える、老婆の姿がない。その変わり、カウンターの上に真っ黒な飴玉が1つ置いてある。そして、
「お代はいらないから、今すぐ食べな。」
という置き手紙。
飴玉を10秒ほど見つめる。飴玉を見つめているうちに、無性に食べたい……というか、食べないと行けない。という思いが強くなって行く。
(この飴玉は……自分の穴の空いた感情を、埋めてくれるのだろうか?)
ギシ……ギシ……!!
あの音が、まるでそれを後押しするかのように、脳内に響く。
口の中に……飴玉を放り込む。
カハッ……!!ァ……!!
地面に倒れ込む。息ができない。
飴玉が詰まった?いや違う。飴玉は口に入れた時点で、煙のように溶けたように感じた。視界が段々と狭くなっていく。
おばあちゃんの死神?
弟さんが助けにきてくれたのですね
rarkです。コメントありがとうございます。