感情屋
投稿者:rark (34)
「感情屋」
ギシ……ギシ…
乾いたロープを引っ張るような音で、目が覚める。
(はぁ……)
こんなに憂鬱なことは無い。今日も一日が始まる。
この男は、先月事故で弟を失ったばかり。早くに両親を無くしているこの男にとっては、たった1人の家族であった。そんな状態で仕事に身が入るわけもなく、今となっては、2年目にも関わらず、クビという崖の縁に立っている。
ギシ…ギシ……
最近はどこからともなく、この音が聞こえることが多い。それも、周りの人には聞こえず、自分だけに聞こえるようだ。まぁ、こんな状態なので、何らかの精神疾患を患っていても、おかしくはないだろうと思い、会社へと向かう。
会社での記憶はほとんどない。毎日同じようなことが続くのも、なんとなく変な感じがする。そして、ここ最近気づいたことがある。弟が亡くなってからというもの、感情が段々と薄れてきているのだ。というか、今になっては、感情もほとんどない。いや、ないというよりかは、以前持っていた感情を忘れてしまったのだ。大脳辺縁系でもやられたのか。しかし、それとはまた違うような気もする。頭の中にあるのは、妙な虚しさだけ。
静かな電車に揺られ、帰路につく。その時、ある建物が目に留まる。
それは、木造建築の、駄菓子屋のような建物。外観を見ているうちに、段々と懐かしさが込み上げてきて、気づいた頃には、その建物へと足を踏み入れていた。
カランッ……カラン♪
引き戸を開ければ、懐かしい音。
中を見渡すと、そこは本当の駄菓子屋のようだ。
(今の時代にも、まだ残ってたんだな……)
いろいろな思い出を巡らせながら、店内を歩いていると、
「…いらっしゃい……」
と、声をかけられる。声のする方向を向くと、1人の小さな老婆が座っていた。70代くらいだろうか?それに続いて、老婆がこう言う。
「ここはね…。人間の感情を買うことができる、感情屋だよ。あんた……見たところ空っぽだね。感情。1個買っていきな。」
そう言うと老婆は、飴玉の詰まった瓶を取り出す。「楽しみ」「悲しみ」「喜び」……。色々あるが、まずは、「楽しみ」から試してみることにした。赤い飴玉を瓶から取りだし、老婆に渡す。
「300円だよ。これを寝る前に舐めると、次の日にはその感情があるハズだよ。まぁ、それを気に入るかはあんた次第だけどねぇ。」
そう言うと老婆は、小さなポリ袋に飴玉をひとつ入れてくれた。
ギシ……ギシ……
駄菓子屋を出ようとすると、またあの音が聞こえる。
(あぁ……クソっ……!)
フラフラとした足取りでアパートまで帰り、自分の部屋のドアを開ける。仕事の疲れもあってか、飴玉を口に入れ、スーツのまま布団に倒れ込む。その日の夜、夢を見た。
昔の夢。懐かしい場所。当時の友達らと走り回る夢。もう永遠に感じることは無いであろう、あのころだけの、楽しいという感情。
朝、目が覚める。久しぶりに目覚めが良い。なんとなく、自分の感情という箱の中に、何かがあるような感じがする。少し軽くなった足取りで、仕事へと向かう。
ギシ……ギシ……
おばあちゃんの死神?
弟さんが助けにきてくれたのですね
rarkです。コメントありがとうございます。