小さな神様
投稿者:綿貫 一 (31)
「きっとすごい身体能力で高速で動かせるから、その残像がたくさんの手に見えるんだよ」
「神様は世界のあらゆることを見通す眼を持っているんでしょう? 人に似た姿でそんなの不自然だわ。
ハエやトンボみたいな複眼の方が自然じゃない」
「監視カメラのモニターみたいので覗いているんだよ。70億画面くらいに分割されたやつ。
でも、そこまでいくと虫眼鏡じゃないと見えないだろうねぇ」
「神様は空を飛べるのでしょう? 人に似た姿でそんなの不自然だわ。
チョウやハチみたいに、羽を持っている方が自然じゃない」
「お腹がパンパンになる程、ヘリウムガスを入れているんだよ。そしたらきっと、空だって飛べるさ。
でもまぁ、変な声にはなるし、オナラも止まらないかもしれないけど――」
「屁理屈ね」
そう言って、彼女は笑った。
「君の方こそ」
そう言って、僕も笑った。
※
やがて大学で昆虫学の道に進んだ彼女は、小さな神様たちの研究に情熱を注いだ。
彼女は色々なことを僕に話してくれた。
生まれ変わる虫の話。
『蝶の幼虫はサナギの中で、いったん身体をドロドロのスープみたいに分解して、それから美しい成虫の姿に再構成するのよ。
でもきっと、身体と一緒に、脳も記憶もぜんぶドロドロになって、昔のこと、何も覚えていないんだろうね。
ちょっとさびしいね』
飛べないのに飛べる虫の話。
『クマバチって、身体の大きさに対して羽根が小さすぎて、本当は飛べるはずがないんだけど、『自分は飛べる』と思い込んでるから飛べるらしいよ?
なんか素敵だね』
擬態する虫の話。
『白い花びらに似た姿をしたハナカマキリは、本物の白い花を見た時に、自分と同じように動けないことを可哀そうだと想うのかな?
ねえ、どう思う?』
僕は虫の話ばかりする、そんな彼女ばかりを見ていた。
『バイバイ――』
そう言って、小さく笑って、彼女の握るナイフが、彼女の胸を穿(うが)った、その時でさえも。
※
不思議な彼女。