小さな神様
投稿者:綿貫 一 (31)
※
それは、一見したところでは「舌」だった。
だが、僕は知っている。
ベニイロシタナメクジ。
それが彼女の愛した、虫の一種だということを。
続いて、口からぞろぞろと、列を成して何かが現れた。
人の歯に擬態する虫、ハアリだ。2〜30匹の群れで行動する。
近縁種であるギンバアリやムシバアリの姿も、その中に見えた。
上下の唇がバラバラに動き出す。
ウワクチビルアゲハとシタクチビルアゲハの幼虫だ。
成虫になると美しい蝶の姿になる。
ツンととんがった、可愛らしい小さな鼻。
これはハナスジカマキリ。
鳶色をした美しい瞳。
ミギヒトツボシテントウとヒダリヒトツボシテントウ。
形の良いまゆげ。
ミギマユゲムシとヒダリマユゲムシ。
柔らかな耳。
ミギミミモドキ、ヒダリモモドキにギンイロピアスムシ。
艶やかな長い黒髪に見えたカラスノヌレバケムシが頭からいなくなり、最後に彼女の顔を形作っていたツラノカワがヌルリと去っていき、顔面はすっかりさびしくなってしまった。
ズガイコツカブトの中に潜んでいた、司令塔たるハイイロノウムシが、柔らかくしっとり濡れた身体を草むらに横たえると、頭部から下――服と下着に包まれていた四肢と胴体に擬態していた虫たちも、静かにその場を去っていった。
あるものは飛び去り、あるものは歩き去り、またあるものは地面に潜って行ってしまった。
流れていたはずの血液さえ、跡形もなくなっていた。
服だけが、まるで彼女の抜け殻のように、その場に残されていた。
星空の下、僕は立ち尽くし、そして考える。
虫たちは、いったいいつから彼女に擬態していたのだろうか。
ごく最近だろうか。
少し前からだろうか。
それとも、出逢った時からだったのだろうか。
同時に、僕は考える。
僕はいつから、彼女を愛していたのだろうか。
僕の心はいったい誰に――いや、何に向けられていたのだろうか。
不思議な彼女。