夏の夜の悪夢─ベランダに現れる女
投稿者:ねこじろう (147)
「一雨くるのかな?洗濯物取り込まないとな」
小林は一人ボソリと呟くと、早足でアパート入口に向かいだす。
すると前方10メートルほど先のアパートエントランス辺りに黒い人影があるのに気が付いた。
不審に思った彼は立ち止まり、目を凝らす。
近辺の薄暗さではっきりとは見えなかったが、その人は黒いロングコートを羽織っているようだ。
そして肩までの黒髪に色白の顔に彼は見覚えがあった。
あの女だ、、、
そう小さく呟いた途端、小林は何故だか金縛りにあったかのようにその場から動けなくなる。
と同時に大粒の雨がボトボト降りだした。
─早くこの場を離れないと
と彼は思うが、先ほどから体はピクリとも動かない。
生暖かい水滴が彼の体のあちこちを次々浸食していく。
女は突然の雨に全く動じることもなく、改めて小林の方に向き直る。
正面からその顔を見た途端、彼の背中は粟立った。
その両目はカッと見開かれて左右の黒目はあらぬ方向を向いており、鼻から下の口や顎の部分が切断されているかのように無いのだ。
彼女はゆっくりコートの前を左右にはだけだした。
小林は大きく目を見開き、息を飲む。
コートの下には女の華奢な白い裸体があった。
そして何より目を引いたのは、その豊満な胸の下方の腹部にある奇妙なもの。
それは幅30センチはありそうな巨大な赤黒い唇。
唇は少しずつ上下に綻びだし、隙間から鋭い牙のような歯が並んでいるのが見える。
同時に鳥のような不気味な鳴き声が、微かに漏れ聞こえてきていた。
小林の恐怖はいよいよマックスに達し、腰がぬけたかのように情けなくその場にへたりこんだ。
そして次の瞬間、彼はがっくりと首を項垂れると、だらりと両手を下に垂らしピクリとも動かなくなる。
女は再びコートの前を閉じると、雨の中ゆっくり向かいの棟に向かって歩きだした。
小林も項垂れた姿勢のまま立ち上がり、とぼとぼと女の背中に付き従い歩きだす。
そして二人は向かいアパートのエントランスを真っ直ぐ進み、入口から中に入って行った。
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その日の夜バイトからアパートに帰った眞鍋は、リビングのソファーで一人首を傾げていた。
時刻は既に午後9時を過ぎようとしているのに、小林が帰ってこないからだ。
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