約束が違う
投稿者:ねこじろう (147)
「……」
「言えないのか?」
「はい、そういうふうな約束でしたから……」
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しばらくの間明石は腕を組んで考えていたが、おもむろに篠原の方を振り向き「例のやつを出してくれ」と言った。
篠原は黒のバッグから素早く大型の茶封筒を出すと、明石に手渡す。
彼は封筒から数枚の写真を出すと、机の上に無造作に置いた。
それを見た木村の表情に一瞬焦りの様子が見えたのを、明石は見逃さなかった。
「これは今年、F市で起こった数件の自殺現場の写真だ。
あんた、見覚えあるんじゃないか?」
写真には全て、女性が写っていた。
場所も死に方も年齢も全く違うのだが全員きちんと足を揃えて仰向けに横たわっており、目を閉じてまるで眠っているようである。
しかも舞台俳優のような派手な化粧をしていた。
どう見ても、凄惨な自殺現場の写真とはほど遠い。
「これ、全部、あんたがやったんだろう」
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柱にかかっている時計の針の音がやけに響く。
時刻はすでに午後5時を過ぎていた。
木村は長い間黙っていたが、やがて「はい」とポツリと言った。
「何でこんなことをしたんだ?」
俯く木村の頭に明石は尋ねる。
すると彼は観念したのか顔を上げると訥々と語りだした。
「さっきも申しました通り、私は駅の北側で小さな美容室をしております。
お客さんのほとんどは地元の主婦やOLなどで、常連さんばかりです。
カットや髪染めなどをしている間、女性の方は皆さん、いろいろと下世話な話をされます。
まあ席が一つしかない小さな美容室ですから、お客さんが一人だけのときも多いわけです。
そうするとなかには、借金、旦那のDVなど、結構深刻な話をする方もいらっしゃいます。
その中に何人かですが死にたいと言う人もおられました」
明石も篠原もただ黙って、この木村という男の話を聞いていた。
「私は元来世話好きな方でして、そんな深く悩んでいる女性の方々と店以外でも会って話を聞いてあげるようになりました。
まあほとんどの方は聞いてあげればある程度気持ちが収まるのですが、中にどうしようもない人もおられまして、明日死ぬとか物騒なことを言うんです。
もちろん止めるのですが、女性というのは心の中で決めてしまうと曲げない方が多いみたいで肝が据わっているというか、そういう意味では男なんかよりジタバタしませんな
また美しさへの執着も男なんかよりずっと強いです。
ただ実際に死ぬとなるとそこはやはり、どなたでも怖いわけです。
それでこの私にいろいろと手伝って欲しいとか付き添って欲しいとか、とんでもないことを言ってくるんです。
当然お断りするわけですが、だったらお金を渡すから死んだ後のことだけでも頼みたいと言うんです。
実はここ最近の不景気もありまして、その、、店の方も売上が良くなくてですね、私も金に困っていたんです。
それて魔が差したというか、つい頼み事を受けてしまったんです」
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