約束が違う
投稿者:ねこじろう (147)
「どんなことを?」
篠原が聞く。
「さっきも申しました通り、女性は美しさへの執着がかなり強いです。
だから自分が死んだ後に出来るだけ美しく見えるようにして欲しいと真顔で頼むのです。
私は美容師ですから、そういうことだったら協力できるかもしれませんと、つい言ってしまいました。
だから、してあげたんです。
今から考えるとバカなことをしたものだと反省しております。
一番最初は確か睡眠薬での自殺だったと思います。
一つしてあげると、これが不思議なものでまるで噂を聞き付けたかのように様々な方が来られて、立て続けに数件、頼まれました」
「どんなふうに?」
明石がため息をつきながら聞く。
「先ほど申しました通り最初は睡眠薬で亡くなった方でした。
この場合は、そんなに大変ではありませんでした。
アパートで独り暮らしの若い女性だったのですが、もうこれ以上生きる意味を見いだせないと言ってました。
前もって時間と場所を聞いといて、そこに行きました。
線路脇にある古い二階建てのアパートでした。
あれは確か深夜零時頃だったと思います。
二階一番奥の部屋のドアをそっと開いて中に入り、真っ暗な廊下を懐中電灯を片手に進むと、その方は廊下沿いにある寝室のベッドに眠っているかのように横たわっておりました。
私は枕元に立つと、予め準備していた道具をカバンから取り出し、まず髪型を整え後は丹念に化粧をしてあげました。
次は首吊りです。
これは少々骨が折れました。
そこは郊外の古い住宅街にある一軒家でした。
ごくごく普通の初老の主婦の方で、旦那さんと二人暮らしということでした。
あまり深くは聞かなかったのですが、遊びのつもりで行きだしたパチンコでかなりの借金を作ってしまい、旦那にも言えず、とうとうにっちもさっちもいかなくなったということでした。
確か夏の暑い平日の昼間だったと思います。
広く上品な玄関口を上がり、ピカピカに磨かれた廊下を真っ直ぐ進み、奥にある和室の襖を開けると、いきなり着物姿の女性の背中が視界の高いところに飛び込んできました
死に方は前もって聞いておりましたから前もって持ってきていた脚立を真下に置き登ると、なんとかロープから首を外してあげて畳に降ろします。
それから人間というのは、首を吊ると直後に体の穴という穴から体液が噴出しますので、それを全てきれいに拭き取ってあげました。
首にできた青いアザをごまかすのも大変でした。
全てが終わるのにおよそ2時間はかかったと思います」
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