無名の山

「おい、Bの荷物がないぞ。」
その言葉に俺とCも荷物の方を見ると、確かにBのバカでかいリュックがなくなっていた。
「一体どういうことなんだ？」
Cはもうすっかり訳が分からなくなった様子で呆然としている。俺も、この状況の意味の分からなさに困惑していたが、Aは急に冷静になって、
「仕方ない。親に電話しよう。Bの親にも早く知らせないと。」
と言い出したので、Aに従ってそれぞれの親に電話をかけることにした。親の方から、警察や学校にも連絡がいったらしく、すぐに大人たちが駆けつけてくれるとのことだったが、それを待つまでの間もじっとしていられず俺たちはBを探し回った。

　Cはキャンプ場周辺、俺とAはもう一度ハイキングコースを探すことにした。さっきは勢いで登ったもののCはやはり東屋が怖いらしく、ハイキングコースには入りたがらなかったからだ。
　俺はなぜかＢはあの東屋にいるような気がしていた。どうにかして、あの場所をもう一度見つけようと俺は道の左右を注意深く観察して進んだ。

　しばらく歩いて１０分くらいの辺りで立ち止まる。特に何の変哲もない道の途中で、開けた空間すらない。だが確かに俺たちは、この辺りで東屋を発見したはずだった。俺は意を決して道の脇の茂みの中に入っていこうと足を踏み入れた。
すると急にAが俺の腕をつかんで止めた。

「やめろよ。お前だって気づいているんだろ？Bは家出したんだよ！探したって、もうこの辺にはいねぇよ。」
「は？家出？」

Aの言葉は、俺には全くの寝耳に水で、俺は驚いてAの顔をまじまじと見た。
「考えてみろよ。入口においてたBの荷物はなくなっているんだぜ。Bが持って行った以外にどうしてなくなるんだよ。つまりこういうことだよ。Bは、お前に声をかけた後一目散にハイキングコースを降りた。そして自分の荷物を持って、ここから出て行った。それ以外に考えられないだろ。」
「は？だって。Bそんなこと何も言ってなかったじゃん。」
「いうわけないだろ。俺たち利用されたんだよ、Bのやつに。遭難に見せかけた、家出ってことだろ。山ガールとか言い出した時から、おかしいと思ってたんだよ。きっと前々から計画を立ててて家出の準備をしてたんじゃね。荷物だってバカに大きかったし。Bのことだから、別の仲間に迎えに来てもらったのかもな。」
Aは、至極もっともなことを言っているように淡々と述べた。

「いや、おかしいだろ？Ｂは、絶対家出なんかしない。あのリュックの中身だって酒とお菓子で一杯だったんだぞ。高校生にもなって、そんなものだけ持って家出するかよ。」
「それこそ、わからないだろ。お前Ｂのリュックの中身全部チェックしたのかよ。」
Ａの言葉で、バスでの出来事を思い出す。俺に見せつけるようにリュックの中身を見せたＢ。確かに、酒とポテトチップスが入っているのは見えたけど、その下に何が入っていたのかまでは見なかった。それでも、俺はＢが嘘をついていたとは信じられなかった。

「お前、本当にＢが家出したと思ってんの？」
「現に下に置いていた荷物はなかった。俺たちとはぐれて山で遭難したんなら、下に置いてた荷物までなくなってるのはおかしいだろ！」
「じゃあ、東屋と饅頭のことはどうなんだよ！」
俺が言い返すと、Ａは一瞬奇妙な顔になった。
「正直、あの時のこと俺はあんまりはっきり覚えてない。」
そんなことを言い出すＡに俺は驚いた。

「何言ってんだよ。Ｂがいなくなったのって、あの東屋が原因かもしれないだろ。あいつだけ、あそこで変な饅頭食べてたじゃん。お前だって、大黒屋の饅頭だとかいってたくせに。」
俺はデジカメを取り出して、その時の証拠映像をＡに見せつけたが、次の瞬間Ａはとんでもないことをした。デジカメのデータを全消去したのだ。
「は？！お前何してくれっちゃてるの？データ消えちゃったじゃん。Ｂの手がかりになるかもしれないのに！」
俺は思わずＡの胸倉をつかんだが、Ａは俺の手を振り払うと初めて見る冷たい視線で俺をにらんだ。