暖炉料理
投稿者:件の首 (54)
食品会社に勤めていた私に、半年の海外出張の指示が出た。
イギリス支社は、ロンドンの外れ、テムズ川のほど近くにあり、私の仮住まいもその近くにある古い一軒家だった。
18世紀からあるとかで、中はこぢんまりとしたイメージだったが、日本の家よりは広く、立派な暖炉があった。
秋口の寒さもあり、私は暖炉を使ってみたくなった。
暖炉の暖かさは大したもので、ファンヒーターなどのそれとは根本的に違う。薪の爆ぜる音も心地よいし、炎の揺らめきも良い。
私はすっかり暖炉の虜になった。
3日ほどして、暖炉で料理を作ってみたくなった。
暖炉の作法はよく分からないが、熾火を使えば長時間加熱が出来そうだった。
ダッチオーブンに水を張り、スペアリブの塊とブーケガルニを沈めただけ。たまに水と木炭を足すだけにしておいて、一晩置いてみた。蓋はどうするか少し迷ったが、燻製的な香りがつくかとおもって外しておいた。
結果は素晴らしかった。しっかり煮込まれたスペアリブは、するりと骨から外れホロホロ崩れるほどに柔らかく、後はソースを色々変えて楽しんだ。
すっかり気に入った私は、出張期間が終わるまで、毎週末スペアリブの煮込みを作った。
出張期間が終わり、私は日本に帰った。
それから少しして、イギリス支社長から問い合わせがあった。
「やあ元気かい、ノブヒロ」
「久し振りだな、ピート」
「君が住んでいた家の事なんだがね、取り壊しになったよ」
「そうか残念だよ、気に入ってたんだけどね」
その後の言葉に、私は唖然とした。
あの家を取り壊したところ、煙突の中に、死体があったそうだ。
服装から、その子供は19世紀頃の煙突掃除人で、すっかりミイラ化していたそうだ。
「――死体があった理由は分かったんだけど、右手と両足がないんだ。心当たりがないかと思ってね」
煙突に子供のミイラがはまっていたのか。
しかし手足がないというのは、本当に一体どうした事だろう。
と、不謹慎だがまたあのスペアリブの煮込みを食べたくなってきてしまった。
こっちで作っても、どうしてもあの味が再現出来ない。暖炉で煮た時のような独特な風味や、骨が小さく割れる事もなく、どうにも物足りない。
本当、暖炉というのは偉大なものだ。
ブラポー暖炉