痛いカップルの話
投稿者:ねこじろう (147)
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店内は静かだった。
というのは、この二人以外に客はいなかったから。
時刻は午後4時を過ぎており、店のカーテンからは朱色の西日が差し込んできていて、ずっとしゃべり続けている女の目はどこか虚ろで泳いでいて、ある種の薬物中毒者を思わせた。
女はさらに続ける。
「渇いた音をたてて、タカシの人差し指は第一関節からあっさり離れた。
わたしは携帯を左手に持ち、その画面に芋虫のようになった指先をぎゅっと押し付けたの。
でも画面は開かない。
しょうがないから今度は親指を切断して画面に押し付けてみた。
でも開かない。
そうしながら最後に小指を押し付けると、ようやく画面は開いた。
その時には、まな板やわたしの顔のあちこち、そして白いカーペットには、タカシの穢れた血が飛び散っていた。
そしたらいつの間にかタロウがわたしの横から覗きこんで『ねぇ、ねぇ、これ、パパの指でしょ
何かちっちゃな芋虫みたいで面白いね』って言うもんだから、、、フフフ、、わたしタロウと一緒に大笑いしたの。
案の定スマホには、私以外の女性との遣り取りが残っていた。
だから私すぐ金槌を持ってきて、それを叩き壊した」
ここまで聞いて、わたしは思わずこう尋ねずにはいられなかった。
「すみません。
その話、本当なんですか?」
女はひきつったように一回微笑むと、憎々しげに隣のタカシを睨み付けこう言った。
その声は野太くて、まるで荒くれた男のようだった。
「ほら、マスターが、あたしのこと嘘つきって言ってるみたいよ。 あんた、見せてやりな!」
タカシはしばらく固まっていたが、やがて観念するかのように、おずおずとその右手をわたしの目の前に掲げる。
わたしは息を飲んだ。
目の前の手には中指と薬指しか無く、カニの手のようだった。
女は勝ち誇ったような顔でわたしの方に向き直ると、最後にこう言った。
「あの日以来、タカシはしゃべることを忘れてしまった。
そう、口を利けなくなったみたいね。
でもわたし、それで良かったと思ってる。
おかげで、この人が他の女性としゃべることも触ることも出来なくなったから。
さあ、明日の記念日は三人で仲良く過ごせそうね」
とヒステリックに高笑いする女の前に置かれたアイスクリームは、いつの間にかきれいに無くなっていた。
いろんな意味で痛いカップル。
タカシとタロウ何度も混同してしまった。