鏡の中の幽霊
投稿者:偽美 (28)
ある日の昼下がり、私は家の近くを散歩していました。すると、後ろから
「おーい」
と私を呼ぶ声が聞こえてきました。振り向くとそこには、同じアパートに住んでいる若い男の人が立っていました。彼は私に、今から家に遊びに来て欲しいと言ってきました。特に用事もなかった私は、
「いいですよ」
と答えて彼の家に向かいました。
彼の家はアパートの一階にありました。部屋に入ると、中には誰も居ませんでした。どうやら、一人暮らしをしているようです。彼は私にお茶を出すと、いきなりこんなことを言い出しました。
「実は僕には霊感があるんだ。君の後ろに女の人の幽霊が見えるんだよ」
「えっ?」
驚いて振り返りましたが、もちろん後ろには誰の姿も見えません。しかし、彼が嘘をついているようにも思えなかったのです。彼は続けてこう言いました。
「その人はね、君のことが好きなんだよ。だからずっと見守っているんだ。でも、君はそれに気付いていないみたいだね」
そんなはずはないと思いながら、もう一度ゆっくり周りを見回してみます。やはり何も見当たりません。ただ一つを除いて……。それは鏡でした。そういえばさっきから、この部屋の中は一度も鏡に映らなかったなあと思い出しました。その時ふと、私の頭に恐ろしい考えが浮かびました。もしやあの鏡の中に居るのではないか? そう思った瞬間、急に怖くなった私は、慌てて部屋を出て帰りました。そして翌日、昨日のことは忘れようと努めながらも、どうしても確かめずにはいられなくなり、勇気を出してまた彼の家に行きました。玄関先で彼に事情を話し、恐る恐る中に入れてもらいました。そして私は……鏡の前に立ちました。しかし、そこには何も映ってはいませんでした。私は安心するとともに落胆しながら、そっと扉を閉めて外に出ました。次の日もまた次の日も私は彼に会いに行きました。しかし何度見ても鏡の中には何も映らないのです。それどころか、いつもなら必ず居たはずの彼の姿さえ、一度も見ることが出来ませんでした。
結局、あれは何だったのか分かりません。もしかすると彼は本当に幽霊が見えていたのかもしれませんし、あるいは単なる妄想だったのかもしれません。いずれにせよ、今もなお真相は不明のままです。
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。