この世のものとは思えない光景
投稿者:とくのしん (65)
それから半年くらいしたときに、また3か月の契約が始まりました。
私が集金に行くと今度は旦那がお金を用意してくれていました。いつもは仏頂面で無愛想ですが、「ご苦労様」といった挨拶をしてくれたりと人が変わったのか?と思う程に愛想がよくなっていました。
次の月も奥さんの姿を見ることがなかったため、また入院したのかな?と思いましたが訊くのも野暮と思い黙っていました。
あっという間に3か月の契約が終わり、最後の集金に伺うと旦那が玄関から出てきました。
「これ新聞代」とぶっきらぼうに渡してきます。
「これで終わりだよね?」と訊いてきたので「これで契約終わりですね」と答えると
「新聞屋さん」
と私を呼ぶ声がしました。
奥さんの声というのはわかりましたが姿が見えません。
「奥さんどうもお久しぶりです。元気ですか?」
と姿が見えない奥さんに返事をしました。
「元気よ。それより次の契約のことなんだけど」と奥さんは言いました。
その声は玄関横の居間のガラスが全開になっていたため、居間からのものだとわかり私はひょいと居間を覗き込みました。
昼間ということもあり電気は消していましたが、やけに暗く感じました。
Aさん宅は南窓だし、日当たりも悪くない。なんでこんなに暗いんだろう?
いや、暗いんじゃない。“黒い”んだ。
黒い何かの正体がわかると全身が凍り付く感覚で動けなくなりました。
その正体は渦を巻いた無数のハエでした。
10匹20匹・・・100匹200匹なんてものじゃありません・・・
部屋中に飛び回るハエが黒い竜巻のようになって渦巻いており、そこから聞こえる羽音の不気味さ・・・
私はあれほどおぞましい光景を今まで見たことがありません。
季節は夏になる手前でしたが、まだこたつが置いてあって、それを中心にハエが渦を巻いていました。
こたつの見える範囲に奥さんは見えなかったため奥の方にいたと思いますが、姿が見えない奥さんから
「新聞屋さん、サービスいっぱい置いていってよ。契約するから」
と声をかけられます。
あまりの光景に本当に声一つ出せませんでした。奥さんの声も本当に恐ろしくて、あの世からの声というのかそういった感じの声。
低くか細く生気の無い声が、姿が見えない奥さんから聞こえてくるのです。
右隣の旦那に視線を移すと、今にも泣きだしそうな顔をして無言でしたが必死に私を追い返そうとしていました。
「奥さん、今日何も持ってきてないからまた来ますね」
「待ってるから契約きてよ」
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