鳥居のある船
投稿者:ショーヘイ (10)
口々に制す俺たちへ振り向いたKは笑っていました。拳でコンコンと鳥居を叩き、今度はバシバシと平手で叩きまくります。
「ボロボロだな。幽霊船でも納得」
「やめろって、ばちが当たるぞ!」
たまらず叫んだ俺をあきれかえって一瞥し、Kが鳥居の柱を蹴り付けます。
「あてられるもんならあててみやがれ、ははっ!」
次の瞬間……あんなに晴れていた空が唐突にかき曇り、穏やかに凪いでいた海が荒れ始めました。
「きゃあっ!」
女の子が悲鳴を上げて蹲ります。Kは面食らい立ち尽くしていました。
次に聞こえてきたのはお経です、屋形船の中心の蔵からしわがれた男の声が紡がれたのです。
誰かが乗ってる……いや、そんなはずありません。だって出入口がないのです。
考える可能性は……その先に用意された答えは、恐ろしすぎて直視できません。
「戻れ、K!」
俺が手を伸ばして促すと同時に、Kが足を踏み出しました。ところがどうしても先に進めません、こちらに戻ってこれません。
ふざけているのかとカッとし、Kは鳥居よりこちらへ来れないのだと悟りました。屋形船に結界が張られているのです。
「助けてくれえっ!」
透明な膜でも張られているように、懇願するKの声は奇妙に歪んでいました。両手を突っ張った虚空には何もないのに、どうしても破れないのです。船はぐらぐら不安定に揺れています、これ以上とどまっていたら皆巻き添えになります。
Kを見捨てるしかないと判断しました。
「すまない」
手を引っ込めるや、Kは絶望的な表情で固まりました。
Kをのせた屋形船はひとりでに去っていきます。蔵からは低い読経が流れ続けています。
放心状態で見送る俺が目の当たりにしたのは、波間に浮き沈みする木片と、ボロボロに擦り切れた袈裟を纏った骸骨の群れでした。中には太い数珠を巻いたもの、座禅を組んで合掌しているものもいます。すべて僧侶の骸でした。
Kを切り捨てクルーザーの中に駆け込んだ俺たちは、両手で耳を塞いで懸命に耐えました。
一体あの骸骨はなんなんだ、幽霊なのか……。
船が波に翻弄され傾ぐたびあっちへカラカラこっちへカラカラ、ビールの空き缶が転がっていきます。気の遠くなるような長い時間でした。
たまたま通りかかった漁船に救助された頃にはすっかり日が沈んでいました。俺たちのクルーザーは潮に流され、港から何十キロも離されていました。
Kの遺体が上がったのは一週間後です。水を吸って青黒く膨張した遺体にはびっしりフジツボが寄生したといいます。体内からはアルコールが検出され、泥酔した上の事故で片付けられました。
Kのご遺族は葬式で号泣していたものの、俺たちを責める言葉は吐きませんでした。
数年後、補陀落渡海を知りました。これは平安時代の後期から江戸にかけて行われた風習で、一か月分の糧と水を積み込んだ屋形船に僧侶を乗せて送り出すのだそうです。
その際僧侶は出入口のない蔵に閉じ込められます。即ち、絶対生きて帰ってこれない捨身行の一環だったのです。
本に掲載されていた船のイラストは、当時俺たちが見た屋形船と細部までそっくりでした。
補陀落渡海の話かと思ったら補陀落渡海の話だった
補陀落渡海って本当にあったんですよね
考えただけで怖い…