ラブホテルの部屋で
投稿者:窓 (7)
私は若い頃某県の歓楽街のラブホテルで働いていました。仕事は雑用を兼ねる清掃スタッフです。結構ハードな仕事でしたが女の人も大勢いました。
ラブホテルで働いてると様々なお客さんがきます。当時は今ほどセキュリティやプライバシーの保護意識がしっかりしてなかったので、やけに年の差がある訳あり男女カップルがチェックインすると、「不倫かなあ」と余計なお世話な妄想を働かせたりもしました。
そしてラブホテルはとても怪談が多いのです。やっぱり男女の痴情の縺れで情念が染み付く現場だからでしょうか、私も勤務中に何回か恐ろしい体験をしました。
その日もお客様がチェックアウトされたあとバケツとモップを持って掃除に向かいました。部屋の掃除は手がかかるので私の職場では三人で組んでいます。同僚のAさんは六十代のベテラン主婦、Bちゃんは19歳の専門学校生、私はまだ二十代でした。
この中で一際霊感が強かったBちゃんが一歩足を踏み入れるなり表情を険しくし、呟いたのです。
「この部屋嫌な感じです」
「嫌な感じって?」
「誰かが見ているような……ごめんなさい変なこと言って、きっと気のせいですよね」
Bちゃんはまだ清掃スタッフを始めて日が浅いです。真面目で大人しい子なので嘘を言うはずありません。しかし早く仕事を片付けなかったのでそれ以上は突っ込まず、三人手分けして清掃にとりかかりました。
使用済みのベッドを整えている最中、Bちゃんの言及した嫌な視線を感じました。誰かがこちらをじっと見ているのです。うなじの産毛がちりちりします。生理的嫌悪を催して振り返っても誰もいません、ただ安っぽく薄汚れた壁紙があるだけです。
神経質になっている自分を内心笑ってベッドメイクを再開しかけ、はたと手が止まります。壁紙にぼんやりと人の顔のようなものが浮き出しているのです。
場末のラブホの壁紙なのですから、煙草のヤニだのなんだので傷んでおり、そのシミ汚れが人の顔に見えたのだろうと無理に納得しました。
さらには点が三個あれば人の顔に見える、シュミラクラ現象を思い出しました。
とはいえどうにも落ち着かず、嫌な視線に耐えかねてAさんに持ち場を代わってほしいと懇願しました。細かいことにこだわらないAさんは快諾してくれ、私は浴室に行きました。
身も蓋もない言い方をすれば浴室の清掃が一番大変なので、Aさんにはラッキーだったかもしれません。
「じゃあ頼んだわよ」
「はい、まかせてください」
Aさんと入れ違いにバスルームに入り、浴槽やタイルにこびり付いた水垢や髪の毛を除去していると、キュッキュッキュキュッと変な音が響きました。ハッとして振り向けば銀色に光る蛇口が鳴っています。キュッキュッ……私の神経を逆なでするように妙な音は連続しました。
いらだちに任せて蛇口をキツく締め直すと同時、ぴちゃんと頭に雫が滴りました。
「きゃあっ!」
思わず悲鳴を上げて手をやれば、天井一面に夥しい水滴が付着しています。その水滴が落ちてきたのだと理解し……次の瞬間、驚愕と恐怖に目を剥きました。
バスルームの隅に設けられた排水溝の奥に目玉がありました。きちんと瞼が付いています。瞬きしています。暗く狭い排水溝の穴の奥、誰かが……否、何かがこちらをじっと見返しているのです。
「ひっ……!」
キュッキュッキュッ……蛇口はまだ鳴っています。だんだんと開いていきます。絞め殺される猫の鳴き声に聞こえました。排水溝の目はまだこちらを見ています。
「見ないで!」
咄嗟にシャワーノズルをひったくり、排水溝めがけて熱湯を噴射しました。勢いよく熱湯を浴びせた瞬間、甲高い断末魔が上がりました。私じゃない女性の声です。
その後のことはよく覚えていません。すっかり腰が抜けた私は、這って寝室に戻り今目撃した全部を二人に話しました。
Aさんは半信半疑でしたがBちゃんはすぐ信じてくれ、ひとまず休憩室に引き上げる事になります。
「本当に見たんです、バスルームの排水溝から目が覗いてたんです」
「信じられない、あんな狭いとこ誰が隠れるっていうの」
「でもお湯をかけたらぎゃあって叫んだんですよ、聞こえませんでした?あんなに大きかったのに」
「全然。夢でも見たんじゃないの、きっと疲れてるのよ」
怖い