肉屋の特売品
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
学生の頃、よくお世話になった肉屋があった。
近所にある大手スーパーの裏路地にひっそりと営業していた、知る人ぞ知るという感じの店だった。
精肉所直営というその店は、牛肉や豚肉、鶏肉などの他、いくつかのブランド肉も取り扱っていた。
店主は気まぐれな人らしくて、店は不定休だし、入荷する肉はその時々で色々変わる。
ただ、物自体はきちんとしているみたいで、特に大きな悪評などは無かったと思う。
商品の中には、これも店主の気まぐれで「本日の特売コーナー」が時々あった。
特売品がいつもあるわけではないが、その時には店主の癖のある字で「本日の特売!」と書いてある張り紙が目印だった。
特売品は決まって濃い味付けがしてある焼き肉用の物だった。
入荷量は少なかったが、相場の半額近い価格だったから、俺みたいな貧乏学生にとってはとてもありがたい店だった。
フライパンで焼くだけというその肉は独特の歯ごたえや味がしたが、味音痴の自分には特に気にならなかった。
ところがある日、その店は突然閉店してしまった。
いつもの独特の癖のある字で「都合により〇月×日をもちまして…」と書いてある張り紙が1枚あるだけだった。
それなりに客も入っていたから、もしかしたらこれも店長の気まぐれなのかもしれなかった。
その数日後テレビでニュースを見ると、地元の大手の精肉所に偽装があり、その会社の社長や関係者が逮捕されたという。
何の肉なのかわからないものを牛肉としていたり、ただの豚肉を高級ブランドの豚肉だと表示していた。
ニュースはその内容を詳しく紹介していたが、逮捕された理由はどうも肉の偽装だけではなかったようだ。
その会社の労働環境にかなり問題があったと、社員による内部告発があったようだ。
これはあくまでも内部事情に詳しいというA氏の証言だ。
身寄りがなかったり身元がはっきりしない日雇いのような労働者を無理な時間働かせたり、休憩さえ取らせなかったという。
休憩室らしき部屋もあるのだが、その人数に対しては狭すぎるため、休憩には程遠かったらしい。
食事も一応は賄いで出るのだが、給料から天引きで、相場よりもはるかに高く、その量や質も悪かったらしい。
そんな環境に耐えかねて工場から逃げ出す者も後を絶たなかったというのだ。
誰かがいなくなったとしても、また日雇いの人間を使えばいいという社長の考えだったから、頭数としてはいつも揃っていた。
A氏によると、社員の協力者と色々探っていくと、逃げ出した多くの労働者の足跡がどうやっても掴めないという。
ただ、A氏の担当は肉を解体する部署ではなかったから、その詳細はわからなかったらしい。
わかっているのは、「逃げ出した」とされる人たちは大きな肉、つまり牛や豚の解体を担当していて、そのほとんどが行方不明になっているという事だけだった。
中には警察に捜索願も出される人もいたのだが、会社は知らぬ存ぜぬという態度で協力などしなかった。
すなわち、労働者は文字通り「使い捨て」だったのだろう。
ニュースの最後の方で、この精肉所が卸していたという店のシャッターが映された。
そこには、見覚えのある癖のある字で「都合により〇月×日をもちまして…」と書いてある、張り紙が貼ってあった。
まさか、人肉⁉︎