あたしは、もにょ
投稿者:タングステンの心 (9)
「…」
ぼくは視線だけで、黙って彼に先を促しました。
「ついこの前なんだけどさ、また、まなが大泣きしたんだ。もにょがいる、こわいってな。その日も最初は部屋の隅にそいつが立っていたらしい。長い髪のせいで、うつむいた顔は見えないらしいんだけどな。でも、しばらくすると、いなくなったって云うんだよ。そういうのは初めてだったから、どうしたのかと思った。」
ごくり。
今度は自分の喉がいやな音を立てるのが自分でもよくわかりました。
「で、やっと落ち着いたと思ったら、また火のついたようなとんでもない勢いでまなが泣き出した。どうしたの、どうしたのって訊いてもなかなか要領を得ない。やっと聞き出したのがね、もにょがとなりにおすわりしてるって、そう云うんだ。もにょのおかおが、おかおが…って繰り返してさ…急に…、まなが急に…黙ったんだ。ふっつりと…」
ぼくはもう、相槌を打つことも忘れて聞いていました。呼吸をすることさえも。
「泣き顔から、まなは急に無表情になった。そして、云った」
嫌だ。やめてくれ。もう聞きたくない。腹の底からそう思いました。
「あたしは、もにょ…」
恍惚とした、とでもいうのでしょうか、友人はどういうわけか、妙に誇らかな表情をしていて、それがとてつもなく不気味でした。怖くなったぼくは、せっかくだが明日も仕事なのでそろそろ失礼する、新しい職場でもがんばれ、と形ばかりのあいさつをして、さっさと席を立とうとしました。
ダウンコートを羽織ったぼくが玄関で後ろを振り返ると、友人がぼくを見送りに席を立っていました。しかし、それだけではありません。奥さんも、まなちゃんまでもが、そこに立っています。三人が三人とも、力なく右手を挙げて弱々しく左右に振っています。
友人がときどき携帯に送ってきてくれた、幸せそうにほほ笑む三人家族の顔はそこにはありません。弛緩しきった無表情な顔に、口元にだけ無理やり張り付けた笑顔。…三人とも、まるっきり同じ顔。靴をつっかけて、あわてて玄関を飛び出しました。
…慣れない土地で、その日はそれからどこをどう帰ったのやら、まるで記憶にありません。それまではときどき友人から送られてきていたメールも、それからは嘘のように途絶えてしまいました。
あの夜から、十年ほど経ちました。
ぼく自身も転職して、いまでは関東を離れています。彼をはじめ、高校時代の友人と会うことも、時を重ねるにつれてだんだんとなくなっていきました。そして、その膨大な時間と日ごろの多忙さに埋もれて、あの夜の無表情な一家の顔もつい最近まですっかり忘れていました。忘れることができていました。けれども、本当につい数日前のことです。
ぴこん、とスマホの着信音がします。
あの友人からでした。「久しぶり。また遊びに来ない?」という短いメッセージが、画像とともに送られてきていました。いつのまにか一人増えて、四人の家族写真とともに。
一見、なごやかな家族の写真ですが、まるで証明写真のように固い表情をしています。中学生くらいになっているはずですから、真ん中のお姉さんがまなちゃんでしょうか。左右には友人と奥さん。そして、まなちゃんの後ろには、小学生くらいの女の子が横を向いて、映っています。
ただ、その女の子は、なにか妙なのです。サイズが合わない、というか。遠近感がおかしい。一家の写真なのに正面も向かずに横向きで、腰くらいまである長い髪の毛に隠れて、表情はほとんどわかりません。
あっ…。
もしかして、これが、もにょ…。
なんとも不気味で面白かった
もにょはお前を見てるぞ<●><●>
もにょは何者…
もーにょもーにょもにょ
お化けの子〜
もにょ・・・・不気味でした。