「この何年か前から、数を数えるのが難しいと感じるんです。」
俺は、机の向かい側に座っている男に説明を始めた。
「…例えばですね、通りかかったマンションなんかを見たときに、階数を数えようとしてもよく間違うんです。」
「どういうことだ?」
「一階一階指をさして数えていくとするでしょう?でも目で追っている階と指で指している階がズレていくんです。」
「…なるほど?」
「それが4~5階くらいならまだいいんです。6階あたりから怪しくなっていくんです。でもゆっくりと数えれば正確に数えることはできるんですよ。」
俺は話を続けた。
「そもそも、あの5年前のあの事故が原因だったんです。すべてあの事故のせいで…。」
「なるほど、だからといって…」
俺は男の話を遮るように続けて話した。
「あの事故の後、数を正確に数えられなくなって、在庫の数と発注数が合わなかったり、納品の数が違っていたりして、仕事が出来なくなって、結局クビになりました…。」
「くわしいことはわからんが、一度眼科とか脳神経外科とか、病院で診てみたらよかったんじゃ?」
「もちろんそうしたんですが、事故の後遺症なら長引くことがあるらしくて、これ以上の治療はできないと言われました。」
5年ほど前の事だが、軽自動車で信号待ちをしているときに、後ろから酒気帯びで信号無視のミニバンから追突されるという事故を起こされた。
幸い大きなケガは無く、軽いムチ打ちになってしまったものの、治療は順調で後遺症は残らなかった。
しかし、視神経かどこかにダメージがあったのか、数を数えることが苦手になってしまったのだ。
事故の後に相手と連絡先の交換をして連絡先もわかったのだが、相手はタクシーの運転手で、プライベートとは言え酒気帯びで事故を起こした事で会社での立場も悪くなり、逃げるように実家に戻ったらしい。
しかし、保険の関係もあり、何とかしてその実家を突き止めてもらった。
「で、あの家には何人いたんだ?」
目の前にいる男は俺にそう聞いてきた。
「何人…?じいさんとばあさん、夫婦…、子供が…何人だったっけ…?」
「人数がわからないのか?」
「…わかりません。」
「…あの家に住んでいたのは、祖父母の二人、ご夫婦、そして子供が3人だ。」
少し間を開けて質問された。
「もう一度聞くぞ?お前が殺したのは何人だ?」
「あの運転手だけはわかりますが…人数はわかりません。」
警察署の一室で、俺は刑事から取り調べを受けている。






















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