※身バレを防ぐために、少しフェイクが入っています。
私が大学2年の時の話である。
ある日の13時半頃、私は阪急梅田駅(現・大阪梅田駅)に行くため、K駅の切符売り場で順番待ちをしていた。
最初はずらりと並んでいた人たちも、切符を買って次々と改札口を通っていく。私の番が近づいてきた頃、斜め右後ろにいた女性に、突然「すみません」と声をかけられた。
何のことかと思い振り返ると、小綺麗な服装の60歳代ぐらいのご婦人がいた。私はその女性に阪急切符そっくりのブツを見せられて、やや小声でこう誘われたのだ。
「この切符、200円で買いませんか?これでもきちんと改札口を通れますから。」
と。
阪急K駅から梅田駅への切符は、当時280円だった。今、この女が私に見せているものは、いうまでもなく偽造物である――しかもご丁寧に、女の掌にあるニセ切符には、『〇〇〇〇駅(K駅)▶280円区間』と記載されていた。私はこの婆さんの厚かましさに呆れ、露骨にしかめっ面をして「嫌です」と答えた。
そしたらその怪しい女は踵を返し、そそくさとその場を立ち去った。それから私も駅の売り場で切符を買い、改札口を通った。
私は電車の中で切符を眺めながら、K駅で出くわしたあの老婦のまがいものの切符を思い出していた。偽物とは言えど、ブツの大きさ・表面と裏面の色、印字の太さも正規品によく似ていた。しかし、通常の阪急切符は印字が縦に並んでいるが、あの女の切符モドキの印字は縦並びになっていたのだ。
最後に少し気になったことがある。K駅で遭遇したあの婆さんは、多分単独犯ではない。インチキな品物を作り、売りに行くのにも手間暇がかかるから、何人か共犯者がいたと考える方が自然だ。ワルの仲間内でも優しそうで、オーソドックスな雰囲気を持ったあの女が、売り子をしていたのだろう。
偽造していたものは切符の他に、どういうものがあったのだろうか。そして大した売り上げにならない200円の切符モドキなんぞ売って、あの婆さんはいったい何をしたかったのだろう。彼女は愉快犯だったのか。それとも美々しく化粧をして、品の良い洋服を身に着けて、普通の人間の中に紛れ込んでいる893の末端だったのか。とにかく、知らない人の口車に乗ってはいけない。たった80円を節約するためにまがいものを買い、改札口で駅員と警察官に捕まるほど、愚かなことはないのだから。
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それから数年後、私は就職試験を終えて、近鉄N駅で切符を買おうとしていた。時刻は17時頃だったと思う。もうすぐ私の番という時に、すぐ後ろにいた見知らぬ男に「すみません」と話しかけられた。何かものでも落としたのかと思ったが、私の足元には何も落ちていないので無視をした――そしたら、そいつに急に右肩を強く掴まれ、後方へ引っぱられたのだ!
その乱暴な男は50歳代ぐらいの中肉中背で、渋めの色のごく普通の服装をしていた。ただし、鞄を一つも持っていなかった。私はわざと眉間に皺をよせ、その無礼な男にぶっきらぼうに「何ですか」と言った。
「いくらの切符、買うんですか?」
と、その不審者は私に訊いてきたと思う。
――カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ――
――それでさ~、その後一緒にスタバに行ったんだけど――
――特急難波行きが発車いたします~停車駅は――


























沈丁花です。一部語彙を付け足しました。