これは、去年の七月、ちょうど梅雨が明けた頃の話です。
場所は神奈川県の相模原市、父が一人で暮らしていた実家。僕はそのとき、東京のアパートを引き払っていて、引っ越しの空白期間だけ実家に寝泊まりしてました。
古い住宅街で、周囲も高齢者が多くて、静かっていうか……まあ、昼間でも人通りは少ないんですよ。
そんな中、ある日の夕方、インターフォンが鳴りました。
画面を見ると、小学生くらいの男の子が立ってる。
白いシャツに青い短パン、髪はぺたんと濡れたみたいに額にくっついてた。
外はまだ明るくて、日が傾いてる時間。蝉の声がちょうど止んだところだったと思います。
「……まちがえました」
って、その子は小さく言って、すぐに踵を返しました。
何の変哲もない出来事です。誰かの家と間違えたのか、近所の誰かを探してたのか……その時は、深く考えませんでした。
でも、ドアの隙間から見えたんですよ。
その子、うちの表札を、じっと見てたんです。まるで確認するみたいに。
──うち、「篠田」って名字なんです。
翌日。午後三時を少し過ぎた頃、またインターフォンが鳴りました。
同じ子でした。前日とまったく同じ格好、同じ髪型、同じ表情。今度は何も言わず、じーっとこっちを見つめてるだけ。インターフォン越しでも、視線がぶつかるような感覚がありました。
思わず玄関を少しだけ開けて声をかけたんです。
「昨日も来てたよね? 何か用?」
すると、その子はゆっくり首をかしげて──そして、小さく呟いた。
「ここ……しのださん、ですよね……?」
声は聞こえるのに、口の動きが合っていなかった。
その瞬間、妙な違和感が体を這いました。寒気というよりも、皮膚の裏側がざわざわと逆立つような……。
僕が何かを返す前に、その子はまた黙って、ふらふらと帰っていきました。裸足だったことに、その時初めて気づきました。
三日目。昼を過ぎてすぐ、インターフォンが鳴る。
またかと思って無視しようとしたけど、なぜか気になってモニターを覗いた。
そこには、あの子と──もうひとり、別の子供がいた。
二人とも泥だらけで、服もぼろぼろ、片方は顔に傷があって、何か黒い布のようなものを首に巻いていた。
その子が持っていたぬいぐるみは、手足がちぎれかけていました。
二人して、表札を見ていた。
そして、揃って顔を上げて、カメラの方を見たんです。
笑ってました。でも、唇が開いたまま、歯が見えない。
口の奥が真っ黒で、舌がなかった。


























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