思わず、録画ボタンを押しました。でも──次の瞬間、画面が乱れて、音声だけが残った。
「……しのださん……いますか……?」
その声は、男の子のものでも女の子のものでもなかった。
誰かが深い水の底から絞り出すような、異様に湿った、濁った声。
怖くて玄関には出られませんでした。
録画を再生すると、ノイズだらけで声も入ってない。
ただ、表札の部分だけ、何度再生しても妙に歪んでいて、文字がうまく映っていませんでした。
その日の夜からです。インターフォンが毎日鳴るようになったのは。
時間はバラバラ。夜中の一時だったり、午前四時だったり。
当然誰もいないはずの時間です。録画を確認しても、影しか映っていない。人の形をしてるけど、顔までは見えない。表札の前でぴたりと止まって、数秒動かずに立ち尽くしている。
それが、毎日。
怖くなって父に相談したんですが、笑って取り合ってくれませんでした。
けれど数日後、父がぽつりと漏らしたんです。
「昔さ、あの辺りで子供がふたり、用水路に落ちて亡くなったんだよ。たしか七月だったな……」
近所の人に訊いたら、確かに昔、事故があったそうです。
当時の住人の家が「しのだ」だったのか、確証はありません。けれど──
僕が東京に戻って数週間後、自分の新居でも、深夜にインターフォンが鳴ったんです。
モニターを見たら、誰もいない。
でも画面の下の方に、紙のようなものがチラッと映った。数秒後には消えてました。
翌朝、ポストを開けると、そこに入ってたんです。
濡れた、破れかけの紙切れ。
──うちの実家の「表札のコピー」でした。
印刷じゃない。手書きの、歪んだ文字で「しのだ」と書かれていました。
あれから、インターフォンの音がするたび、耳を塞ぐようになりました。
もし返事をしてしまったら、また“あの子たち”に見つかってしまう気がして。
いまだに、理由も、意味もわからないままです。
ただ、ひとつだけ確かに覚えてるのは──
三日目に現れたもうひとりの子供が、僕の顔に、どこか似ていたということです。
























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。