ユキヒロとメグミの出会いは、春の陽光が降り注ぐカフェだった。カウンター越しに交わした、たった一度の視線。それが、二人の運命を大きく変えた。メグミの、花が綻ぶような笑顔に、ユキヒロは瞬く間に心を奪われた。
交際が始まり、季節が巡るごとに二人の愛は深まっていった。週末はいつも、どちらかの家で過ごした。特に、日曜日の夜は、二人にとって特別な時間だった。食卓を囲み、互いの作った料理に舌鼓を打つ。他愛もない話に花を咲かせ、時に真剣な表情で将来を語り合う。そして、食事が終われば、自然と隣に寄り添い、温かい毛布の中で眠りについた。
ある夜、ユキヒロはメグミの寝顔を見つめていた。すやすやと穏やかな寝息。触れれば壊れてしまいそうな、儚い美しさ。ユキヒロは、この幸せが永遠に続くことを願った。
「…ユキヒロ…」
微睡みの中で、メグミが呟いた。
「ん?どうした?」
「…私ね、ユキヒロのこと、ぜんぶ知りたいの」
メグミは目を開けずに、そう言った。その声は、夢と現実の狭間を彷徨っているかのようだった。ユキヒロは、愛おしさに胸が締め付けられるのを感じた。
「何をだよ。知ってるだろ、全部」
胸を揉んだ。
「ううん…もっと、奥まで…」
メグミは、そこで言葉を途切らせた。ユキヒロは、彼女の言葉の意図を測りかねたが、深い愛情表現だと受け取った。
しかし、その日を境に、メグミの言動に、時折、奇妙な違和感を覚えるようになった。
ある日の夕食時、ユキヒロが作ったローストチキンを前に、メグミが言った。
「ユキヒロが作るもの、一番美味しいね。特に、この…、この部分が…」
メグミは、そう言いながら、チキンをまるで品定めするかのような目で見ていた。その視線は、肉の繊維をじっくりと見極めているかのようだった。
また別の日、二人がテレビで動物ドキュメンタリーを見ていた時のことだ。肉食動物が草食動物を捕食するシーンが流れると、メグミの瞳が、ふと、鋭い光を宿した。
「…すごいね。命って、こうして受け継がれていくんだね」
「濡れるね…」
その声には、感動とは違う、どこか奇妙な響きがあった。ユキヒロは、気のせいだと思った。繊細なメグミが、生命の厳しさに心を打たれたのだろうと。
それでも、違和感は募るばかりだった。
メグミは、食事の際、ユキヒロが皿に残した肉の切れ端や、骨の周りのわずかな肉片を、じっと見つめることが増えた。そして、ユキヒロが席を外すと、まるで何かを確かめるかのように、それらに触れていることがあった。
ある夜、ユキヒロが寝ていると、身体に微かな痛みが走った。目覚めると、メグミがユキヒロの腕に顔を近づけていた。彼女の口元には、血の跡のようなものがついていた。少しムスコが昂った。
「ごめんね、ユキヒロ。夢遊病みたいで…喉が乾いちゃって」
メグミは、そう言って微笑んだ。その笑顔は、いつもの愛らしいメグミだった。しかし、ユキヒロの腕には、小さな歯形が残っていた。気のせいではない、と確信した。
ユキヒロは、メグミが何か変わった病気にかかったのではないかと心配した。病院へ行くことを勧めたが、メグミは首を縦に振らない。
「大丈夫よ。ユキヒロがいるから、私、元気」
そう言って、ユキヒロの手に自分の手を重ねてくる。その手は、冷たかった。そして、指先が、まるで爪を隠しているかのように、少しだけ尖っているような気がした。
そんな日々が続き、ユキヒロの心には、メグミに対する漠然とした不安が募っていった。彼女の優しさの裏に、何か得体の知れないものが隠されているような気がしてならなかった。
























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