この話は、都内の大学に通っていたMさん(仮名)が、知人を介して寄せたものである。
彼が一時期通っていた裏路地には、誰が置いたのかもわからない古い自転車があった。
フレームは錆び、チェーンは外れ、片方のペダルもなかった。
けれどもその自転車は、なぜかいつも違う場所に置かれていた。
風で転がるはずもなく、坂の途中に立つこともない。
それでも、自転車はまるで誰かが乗っていたように、路地の端から端へと少しずつ位置を変えていた。
Mさんがそれに気づいたのは、五月のある湿った夜だった。
蒸すような雨上がりの空気の中、ライトに照らされたその自転車のスポークが、
何か濡れたものを巻き込んでいた。
近づくと、それはネクタイだった。
Mさんの通っていた大学の学生協で売られているデザインのものだったという。
彼は急に呼吸が浅くなるのを感じ、足早にその場を離れた。
以後、その自転車の位置は毎日数メートルずつ大学へ向かって近づいていた。
路地の角を曲がれば明るい大通り。
けれどその陰に、どす黒く濡れた金属の影が待っているのが、視界の端に感じられるようになった。
Mさんは間もなく休学した。
その後、大学近くで同学部の男子学生が失踪しているという話を聞いた。
寮の部屋には、靴とバッグ、泥で汚れた制服だけが残されていたという。
部屋の隅には何枚もの新聞紙が敷かれており、その上には“片方だけのペダル”が置かれていた。
Mさんは今もその路地を避けている。
























友達のコメント(M.O) 「なんかちょっと悲しい」