発狂する黒い煙突━全ての働く方々へ━
投稿者:ねこじろう (147)
「おや、あんなところに人が」
澁谷の隣に座る田中さんが虚ろな目でボソリと呟く。
夕暮れ時の日射しが生気のない横顔を浮き上がらせていた。
澁谷は田中さんの言葉に釣られて同じ方に視線をやる。
正面にある立て付けの悪そうな窓からはセピアカラーの空が覗き、秋特有の鰯雲が浮かんでいた。
その下方には疲れたようなどんよりとした街の全景が広がっている。
「え、何処ですか?」
そう言って澁谷は田中さんの横顔に尋ねる。
「ほら、あそこにある黒い煙突の上」
言いながら田中さんが指差す辺りを澁谷は懸命に探すが、そんな建物は見当たらない。
戸惑うように目を泳がせる彼の顔を改めて田中さんは見ると、
「そうか、あんたにはあれが見えんのか?
そうか、、だろうな、、」
と言いながら、何故だか納得するかのように何度も頷いていた。
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澁谷が会社ビル五階にあるこの「第一記録保管庫」に配属になったのは、3ヶ月前のこと。
それまで彼は充実したワーキングライフを送っていた。
新卒でこの会社に就職してから五年。
営業部の期待の星と言われて昼は営業活動そして夜は取引先担当の接待と昼に夜に勢力的に活動し、若干27歳にして課長に抜擢と異例の出世を成し遂げる。
そんな澁谷の輝かしい人生に暗い影が落ちたのは、ちょうど1年前のことだった。
その日大口の取引先との契約を決めた彼は、そこの担当部長の接待で会社近くのネオン街に繰り出した。
オカルト的な怖さより普通の人が正気を失って行く様がとても怖い。それが戦時下であれ企業であれ平気で追い詰めて行く人の存在はもっと怖い。