透明になったさっちゃん
投稿者:綿貫 一 (31)
さっちゃんが透明人間になってしまったのは、ゴールデンウィーク明けのことだった。
その兆候――彼女の身体が透けだしたのは4月の中頃で、「わたしたち、5年生になっても同じクラスだね!」と喜びあった、その少し後のこと、ということになる。
最初に「それ」に気がついたのは、わたしだった。
放課後、さっちゃんの部屋で、向かい合って宿題をしていた時である。
無意識にノートのページをめくる、さっちゃんの指先が、透けているように見えたのだ。
「見間違いかな?」と思い、目をこすってから、もう一度その指先を眺めると、やはり透けている。
指を挟んで、その背後の服の柄が透けて見えてしまっていた。
「ねぇ、さっちゃん……。それ……、」
わたしはおそるおそる、そのことを伝えた。
さっちゃんも、最初は「え? なんのこと?」という反応だったが、自身の身体に起こった変化に気がついてから、ふたりして大騒ぎになった。
すぐにさっちゃんのお母さんを呼んで指を見せると、お母さんも大慌て。
わたしはすぐに家に帰らされて(もちろん、固く口止めされた)、さっちゃんたちは病院に行った。
その夜、さっちゃんから電話がかかってきた。
病院で調べたもらったけど、よくわからなかった。これが指先だけのことなのかわからないから、慎重に様子をみていくことになったと、震える声で、わたしに教えてくれた。
わたしは胸が締め付けられる思いがして、「大丈夫だよ。きっと、すぐ元に戻るよ」と気休めを口にして、その時は電話を切った。
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でも、さっちゃんの透明化は治るどころか進行していった。
指先から始まったそれは、次第に両手、両足に拡がっていった。
はじめ、透明になった箇所を絆創膏や包帯で隠して登校していいた彼女だったが、やがて「これじゃわたし、ミイラみたい」と言って学校に来なくなってしまった。
わたしは、プリントや宿題を届ける名目で、毎日、放課後にさっちゃんの家に行った。
そして、彼女が少しでも明るい気持ちになれるよう、できるだけ陽気におしゃべりをしたのだった。
さっちゃんも、わたしと話している間は少しは気がまぎれるようで、笑顔を見せてくれた。
しかし、ふとした瞬間、彼女が、見えなくなってしまった自分の手や脚をぼんやり眺めているのを見ると、わたしは涙が出そうになった。
さっちゃんは派手好きでこそなかったが、オシャレや髪型を気にしていたし、同じクラスに好きな男子だっている(ちなみに、その人のことはわたしも好きなのだが)、ごく普通の思春期の女の子だ。
そんな女の子から、手や脚――いや、いずれは顔もかもしれない――を奪うだなんて、神様はなんてイジワルなことをするのだろうと、わたしは思った。
そして、「もし、あなたが優しい神様なら、どうかさっちゃんの身体を元に戻してあげてください」と切に祈った。
結局、その願いは聞き入れられることはなく、ついにさっちゃんは、顔も含めて、全身すべてが透明になってしまった。それがゴールデンウィーク明けのことだ。
彼女は、着ている服でしか、視覚的には自己主張することができなくなってしまった。
けれど、神様はなおも残酷で、さっちゃんにさらなる試練を課すのだった。
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