神様でした
投稿者:左右 (12)
沢田さんから伺った話。
平日、二時時間程度の残業を済ませた帰宅途中の事だった。夏至を迎えて日が高く、19時でもまだまだ明るい。交差点の信号が青に変わる。
新型感染症の世界的流行に伴い多くの会社がテレワークを導入したが、やはり雑踏は雑踏だ。横断歩道を行き交う人の群れに沢田さんも加わり、怠い足を仕方なしに動かす。
「どうしてかは分かりません。でも、急に気になったというか、その人が急に視界に入ってきたというか。駅までの道を惰性で歩く感じで、普段なら通行人に意識を向けないんですけど」
沢田さんは向こう側から歩いてくる一人の男性に目をとめた。彼と同じ会社帰りであろう黒っぽいスーツ姿で中肉中背、顔立ちは至って普通。マスクも着けている。
あちらは沢田さんの視線に気付いたらしく、軽く会釈する素振りを見せた。慌てて会釈を返す。気まずい。
あまり他人を見るのは失礼だ。そう思っているのになぜか目を離せない。胸焼けのような、もやもやした嫌な感覚に苛まれる。しかし目を離せない。
「擦れ違い様に横目で盗み見る感じでしたね。そしたら」
あちらが立ち止まった……ように見えた。
「だから僕も立ち止まりました。もしかしたら取引先の人かなと。嫌なもやもやに理由を見い出したかったのかもしれません」
簡潔に言うと、首から下がなかった。正確にはマスクを着けた横顔から下がなかった。ネクタイを締めた首元から繋がる中肉中背ボディは無頭状態のまま、二歩か三歩離れた場所に突っ立っている。
首なし?違う。生首?それも違うような気がする。頭部と胴体がズレている、という表現が一番しっくりきた。おとがいから何本も下がるぴろぴろした赤い海藻のようなものは血管かもしれない。
状況が呑み込めずにいる沢田さんのすぐ隣で、宙に浮いた頭部がくるりとこちらを向いた。粗悪なビー玉を連想させる輝きに乏しい眼球だった。
男性の目が大袈裟なくらい細められ、不織布マスクのプリーツが僅かに動く。
笑顔を作ったのだと理解した時、沢田さんの耳元で声がした。
ごめんなさいねえ。
申し訳なさそうな年配の女性の声だ。頭部を宙に浮かせたまま笑む首ズレ男性が発したのではない。視線で周囲を探る。それらしき老婦人はおらず、歩行者は一人として沢田さんを気にしていない。
前方から来た歩きスマホの若者がちらりと沢田さんを見たが、すぐ興味なさそうに画面へ視線を落とした。撮ったらバズり間違いなしの筈だが、そもそもこの浮遊頭部を認識していないのだろう。
ほんと、ごめんなさいねえ。この子、いっつもこうなの。
お願いだから誰にも言わないであげてねえ。
浮かぶ頭が小刻みに揺れた。まばらに垂れ下がった細長く赤い器官が連動してぴろぴろ、くにくに動く。
目の前から聞こえる咳に似た小さな音は笑い声かもしれない。
千切ってあげたんだけどねえ、駄目だったのお。
千切っても千切っても生えちゃうから、神様になる為にはねえ、包丁で切るしかなくてねえ。
浮いていた頭部が水平に移動して、待機する体に嵌合する。海藻みたいな何かは蠢きながらワイシャツの内部へと消えた。
けたたましいクラクションによって沢田さんは我にかえった。信号は赤に変わっており、横断歩道の前で停止する車のフロントガラス越しに運転手の不満顔が見える。
「……こういう訳が分からない話でしたけど、大丈夫でしたかね。集めていらっしゃるの怪談でしょう?系統が違うんじゃないかなと」
「いえ、興味深いお話でした。理由が分からない、意味が分からない、そんな体験をされる方々も少なからずいますし。ただ、ちょっと気になるのはお婆さんらしきモノの言葉ですよね」
「あ、それ最初は怖かったんです。言ったら良くない事が起こると思ってまして。でも考えたら”お願いだから言わないであげて”でしょ。言うなよ、さもなくば、と命令された訳じゃないし」
「なるほど。あとは”神様になる為には”も気になりますね」
「新興宗教だとかですかね。あの赤い管、後々考えたら血管じゃなさそうな感じなんですよ。ほら、人体の不思議展ってあったでしょう。昔行った事あるんです。その時に見た血管の標本とは違ってて、やっぱりあれは海藻に近いような」
「限られた地域の民間信仰、というのもありそうですよね」
「海藻だとしたら海にまつわる……あー、人身御供?あの首ズレ男は忌むべき風習で神様にされちゃった、とか」
「もしかして沢田さんホラー好きですか?」
「実は民俗学ホラーとか大好きなんですよ!だから折角だし自分なりに考えみまして。例えば人間の体を寄り代にする海の怪異」
「集落で選ばれた人間が依り代になる」
「海藻のような妖怪が寄生する、というか。あのお婆さんは首ズレ男の母親で、儀式が失敗……」
失礼、タイトルで笑っちゃいました。海藻ぴろぴろ…ちょっとツボにはいっちゃいました。最高!
怖かったです。なんともこれはイサルキである
投降者です。コメントまで頂いて大変心苦しくはありますが2023年6月25日現在、諸事情によりタイトルを「海藻ぴろぴろ」から現行のものへと変更致しました。
タイトルの海藻ピロピロおもろい
沢田さんが無事でありますように。
あれ、タイトル変わっちゃった!!
コメント失礼致します。
当方「オルゴールぐるぐる」投稿者です。
作者様のお話をとても楽しく拝読させて頂きました。
当方に頂いたコメントを受けて確認すると、意図していなかったとはいえ、なんとなく似てしまっていました。
ご不快な思いをさせてしまっていましたら、大変申し訳ございません。
こちらもタイトルを変更するなどの対処を致しますので、お手数ですがお返事を頂けませんでしょうか。
投稿者です。お返事が遅くなり大変申し訳ありません。
タイトル変更についてはこちらの都合であり「オルゴールぐるぐる」というお話に関連して現行のものへと差し替えた訳ではありませんので、どうかご安心下さい。ご憂慮とご心配をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。
読みやすく、そしてゾッとするお話の内容にぴったりのタイトルですから、是非ともオルゴールぐるぐるはそのままでお願いします。