知らぬが仏
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
体が丈夫で体力自慢の俺は、大学の授業の無い週末は近くの資材置き場でバイトをしている。
資材置き場には、建築現場に使うようなコンクリートや金属製の部材や、大掛かりな電気設備用の部品など様々な物がある。
ここ数年は金属類の買取価格が高騰していて、奥の方には納入先などで廃棄される鉄くずを引き取って保管している場所がある。
春休みに入った3月の話だ。
「暗くなる前に片づけをちょっと手伝ってくれ。」
その日の夕方、社員のAさんにそう言われて鉄くず置き場に片付けに行くことになった。
3月とはいえ、夕方になると薄暗くて肌寒い。
俺はあまり行ったことが無かったが、そこはコンクリートで簡単に整備されただけの場所で、土の部分との境目には高さが人の背丈ほど、幅が3メートルほどの木目がきれいな門扉が置いてあるのが印象的だった。
Aさんは軽トラをコンクリの部分に乗り入れようとしていたが、前日の雨で土の部分がぬかるんでいてうまくいかなかった。
コンクリの方を見ると、重ねて置いていたであろう鉄くずが雪崩のように散らばっていた。
片付けついでに、ある程度の量を翌日に回収業者に持って行く事になった。
本当はヘルメットを被らないといけないのだが、ただの片付けということもあり、この時は被ってなかった。
Aさんはコンクリと土との段差ギリギリに軽トラをバックで停め、早速鉄くずを二人で載せていった。
ある程度載せたのだが、荷台にはまだ余裕があったから、Aさんは奥の方へ行って運べそうなものを物色していた。
俺はその間に、助手席にあるブルーシートとロープを取りに行った。
コンクリから土の方へ足を踏み出したが、足元の鉄くずなどを避けようとして不自然な体勢になってしまい、土のぬかるみに足を取られた。
ヤバイと思う間もなく、足の踏ん張りがきかずに滑って転んでしまった。
正直、ここはハッキリと覚えていないのだが、転ばないようにとっさに手で何かを掴んだのだろう、それが例の木目の門扉だったようだ。
うつぶせに転んだことを自覚したが、俺は倒れた門扉の下敷きになっていた。
ぬかるみには血がポタポタと滴り、どうやら頭から出血したことがわかった。
門扉の下から這い出ようとしたが、地面はぬかるんでいて、体にも力が入らず脱出できなかった。
この角度からは、コンクリの奥の方まで行っているAさんの姿が見えなかったから、スマホで電話をしてみようと思った。
運よく腕は動いたから、作業ズボンのポケットからスマホを取り出すことができたが指の動きがおぼつかない。
脱出も電話も出来ない俺は、頭の痛みに耐えながら、出来る限りの声で
「Aさん!助けて!Aさん!」
と何度か叫んでいるとAさんに聞こえたらしく、
「おい!大丈夫か!?今出してやるから!」
そう言ってAさんが急いで駆けつけてくれて門扉を持ち上げると、何とか脱出することができた。
急いで二人で軽トラで事務所に戻り、Aさんが給湯室から持ってきたタオルで頭の傷口を抑えると、事務員さんに事情を話してすぐに近くの病院へと向かった。
病院に着くと緊急の手術が行われ、結局8針縫う怪我だった。
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。