雨と幽霊
投稿者:件の首 (54)
大学の時、私は社会勉強と小遣い稼ぎを兼ねてコンビニでバイトをしていました。
そのコンビニは大学の近くにありましたが、客の入りは良くありませんでした。
うちの大学は国立で、金持ちの子も多少はいましたが、貧乏学生が多数派でした。
このため、貧乏学生たちは近くによく安売りをしているスーパーで日中に買い溜めをし、割高なコンビニを使う事は滅多になかったのです。
当然オーナーも経費削減のために人員をギリギリにしており、日中はオーナーと奥さんでシフトをまわしていました。バイトが任されるのは深夜の7時間だけで、配置もワンオペでした。
深夜バイトのワンオペは、今なら問題になったかも知れませんが、当時はさほど珍しい事ではありませんでした。それに私の大学は繁華街からは離れており、犯罪とは基本無縁だった事も挙げられるでしょう。
人付き合いがあまり得意ではない私は、客がほとんど来ないこのバイトを、結構気分良くこなしていました。
私がバイトを始めてから半年程経った頃の事です。
その火曜日の夜はやけに蒸し暑く、梅雨の長雨がしとしとと降っていました。
届いた商品を品出しした午前3時頃、珍しくお客さんが入って来ました。
作業に集中していたせいか、私は声をかけられるまで、お客さんの入店に気付きませんでした。
「あの……すみません」
お客さんは、まだ若い女性でした。少し季節に合わないブラウスを着ていました。傘を持っていなかったのか、髪はしっとり濡れています。
「……赤ちゃんのミルクは、ありますか」
「すみません、置いてないです」
コンビニには通常、オムツを置く事はあるのですが、ミルクは扱わない事が多いのです。
彼女はかなり痩せていて、恐らくはおっぱいも出ないのだろう、そう思いました。
「そうですか……」
彼女は力なく言いました。
――それで話は終わる筈でした。
でも。
彼女の俯きがちな表情が、やけに気になりました。品出しの作業が一区切りついて、余裕があったのかも知れません。
「あの……赤ちゃんの、ごはんがないんです、よね?」
「……はい」
帰りかけた彼女が、足を停めました。話しかけられた事が意外だったようにも見えました。
「ちょっと待って下さい」
スマホで検索をしてみました。
ミルクがない時に赤ちゃんに飲ませて良いもの。牛乳はダメと聞いた気もします。
代わりのものは、簡単に見つかりました。
「――一応、砂糖をぬるま湯に溶かしたものでも、良いらしいですよ」
「ああ、そうなんですね」
彼女は微笑みました。
「どうもありがとうございます。それじゃあ、お砂糖は……」
「あの」
棚を見に行こうとする彼女を引き留めました。
「紙コップだけ買って貰えれば、カップ麺用のお湯とコーヒー用のシロップを持って行ってかまいませんよ」
「ありがとうございます」
彼女はポケットから何枚かの硬貨を出すと、7個入りの紙コップを買いました。彼女はそのうちの1つに、お湯を注ぎ水で割ってから、ガムシロップをたっぷり溶かしてから、重そうに持ちながら帰って行きました。
店内には、彼女が付けていた柑橘系の強い香りが残っていました。
切なく哀しいお話でした。私が初めて聞いた怪談が、この「飴を買いに来る幽霊」でした。
いつの時代も母親の我が子への思いは、変わりませんね。
切ない話でしたが、人と話すのが苦手と言ってた貴方は人として素晴らしい対応でサービス業のお手本ですよ。
すばらしいコンビニです。毎日通いたい。