近道と遠回り
投稿者:左右 (12)
西條さんに伺った話。
彼女が小学生だった頃、二歳下の弟と手を繋いで下校するのが常だった。
横断歩道の目の前に自宅の塀が見える。西條さんには当時楽しみにしていたアニメがあり、放送時間に間に合わせようとそわそわしながら信号を待っていた。
テレビ間に合うかな?
お母さんおやつ置いてってくれたかな?
そんな会話をしながら焦れったい思いで見つめていた信号が赤から黄色に変わる。
あともうちょっと。西條さんが弟の手を握り直した時、妙な声が聞こえた。
ちかぁ~みちぃ~
老人のようにも聞こえるし、若い女性のようにも聞こえる。抑揚のおかしい、妙に間延びした声だったという。
「今思えば、歌舞伎の時に言う感じ。ああいった喋り方でした」
あとの事はよく覚えていない。弟と繋いでいた筈の右手は空っぽだった。
誰かが叫んだ声が聞こえた気もするし、その叫び声はもしかしたら大型トラックのブレーキ音だったかもしれない。
帽子が道路に落ちている。家族で野球観戦に行った時、弟が父親に買って貰ったものだった。
変な方向に捻じれた足と、弟のお気に入りだった青いスニーカーがタイヤの下から見えている。
茫然とする西條さんの耳元で、また妙な声がした。
とおぉ~まわりぃ~い
「近道、遠回り。そういう事だったんだと思います。トラックは居眠り運転で信号無視だったそうで、弟は近道して死んじゃった」
西條さんは火傷の痕が痛々しい手で顔を覆った。
彼女は中学生の時にとある指定難病と診断され、その三年後には事故に巻き込まれて上半身に火傷を負い、歩行機能まで失った。
二十歳を迎えたつい先日、臓器系の病気も発見される。
「何年か前まではずっと思ってました、どうして?どうして私達だったの?って。弟も私も、なんにも悪い事なんかしてませんから。でも、最近諦めました」
私は遠回りに死ぬんです。あの日そういうふうに決まったんです。
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。