行き過ぎた受験戦争の成れの果て
投稿者:窓際族 (47)
学歴。
それは日本社会において、人の一生を左右すると言われているものの一つです。
本当はどこの学校に行ったかなんてさして重要なことではありません。
学校を含む生活全体でどのようなことを学んだかが大切なのです。
しかしエリート大卒という肩書の影響力は未だに大きいので、受験戦争の勢いもまた衰えることを知りません。
これはそんな学歴という魔物に取り憑かれ、人間性を見失ってしまったある家族の物語です。
今から20年程前、お受験熱が非常に高いことで知られる東京都C市に、H一家というとても教育熱心な家庭がありました。
当時のH一家の家族構成は父親、母親、小学6年生の兄、小学3年生の弟の4人。
父親は日本人なら誰もが知る大企業で順調に出世コースを上っている有望株で、母親は教育に全てを捧げる専業主婦。
一方、兄は容姿が良くコミュニケーション能力もあるが軽い性格、弟の方は暗くて人付き合いが苦手だが何かを極めることは得意という性格をしていました。
ゆえに小学校では兄の方はまあまあ友達がいたものの、弟の方は全然友達がいないという状態だったそうです。
しかし母親にとってはそんなことはどうでもいいことでした。
当時の母親の目標は「兄弟揃って開成合格」というもの。
ちなみに開成中学校とは、今も昔も「男子御三家」などと言われるくらいのエリート校です。
端的に言えば一流の中の一流で、合格には想像を絶する努力が必要でした。
ですから、母親は息子たちにとんでもないカリキュラムを強いていました。
まずは朝5時に起きて計算ドリルや漢字ドリルといった基礎をやります。
無論、これは平日だろうが休日だろうが変わりません。
そしてその次は朝食。
ただし、この家での食事には成績が大きく反映されます。
テストで1点でも落とせば主菜が減り、5点も落とせば主菜は消えます。
まかり間違って90点なんて取った日には白いご飯にふりかけだけということもあったようです。
当時の母親曰く「学校のテストで100点が取れなければ受験にはとても臨めない」とのこと。
さらに学校に行って帰ってきたら今度は各科目の問題集をひたすらこなしていきます。
もちろんその量は尋常ではなく、1日に20種類、ページ数にして50を超えるなんてこともよくあったそうです。
しかし当然これで終わりというわけではありません。
夜8時には頭脳活性化のためのランニング、夜9時からは今日の反省会……
最も順調であれば夜10時には寝られたようですが、たいていはそうはいきませんでした。
こなしきれなかった問題集があればその分は深夜に徹夜してでもやらされるので、たいてい12時過ぎくらいまでは起きていたそうです。
今思えば社会人もビックリのスケジュールですよね……
その子供は親ガチャ失敗やな
ためはち
母親の教育が酷すぎるね。昭和では、こういう母親たくさんいたな
名古屋小6殺人も話題になりましたよね