登山者は呼んでいる
投稿者:上龍 (34)
短編
2022/02/12
17:40
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私の趣味は登山です。
数年前に東北の山に登った時の事、朝は晴れていた空が急に曇りだし霧が立ち込めてきました。
山の天候が変わりやすいというのは本当だったと痛感し、引き返すべきか迷っていると前方から人影が歩いてきました。
ザッザッザッ……ピッケルを持ってやってくるのは大きなリュックを背負った中年男の登山者でした。
「こんにちは」
私の挨拶に男は軽く顎を引き、「こんにちは」と返してきました。
見かけによらず話しやすそうな雰囲気に安堵し、このまま進むべきか下山すべきか助言を求めた所、彼は霧に閉ざされた背後を指さしました。
「この道を真っ直ぐ行くとじきに山小屋が見えてきますから、天候が回復するまでお待ちになられたらいかがですか」
「ありがとうございます、そうします」
ベテランの言うことなら間違いないと確信し、男に別れを告げて歩行を再開します。
しかし霧は晴れるどころか濃くなる一方で、得体の知れない不安が胸中を蝕み始めました。
やっぱり引き返そうと思い立ち、大人しく下山した翌日に新聞の記事を読みました。
先日私が赴いた山で地崩れが起き、数人行方不明者がでたそうです。もしあのまま登山を続けていたらと考え、心底ぞっとしました。
新聞には十年ほど前にあの山で遭難した男の写真も載せられていました。私が山道で会った男でした。
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