這う者
投稿者:すだれ (27)
友人から聞いた話だ。もう随分前、友人がまだ子供だった頃に体験した話だ。
地元の中学校では一年生になると宿泊学習と言って、学年全員で近くの山の頂にある自然の家で2泊3日過ごすという慣例の行事があった。
学年全員と言っても1クラスしかなく30人程という人数だったが、それでも友達と一緒に家以外の場所で寝泊まりする、というのは子供心ながらに胸が躍ったという。
グループゲームや飯盒炊飯などのレクレーションも盛り上がり、2泊目は敷地内でテントを張って泊まる手筈だったので、クラスメイト達は各グループに別れて慣れない作業に戸惑いながらもキャンプの準備を終え、その後に予定されていたキャンプファイアーまで時間を潰すことにした。
昨晩は恋の話で盛り上がった。今日は何の話をしようか。
テントの中に集まった友人たちは思いを巡らせ、内の1人が「思い出した」と指を鳴らす。
「なぁ、知ってるか。このキャンプ場ってさ、゙出る゙らしいぜ」
話を聞く内に予定の時間になり、先生に引率されながらキャンプファイアーの会場まで移動した。
他校からも生徒が集まっており、大人数で焚かれる火を囲んで歌やゲームに興じた。皆楽しんで盛り上がってるようだ。
そんな中、友人がふと中央でごうごうと燃える火の麓に影が動いてるのを見つけた。
野生の動物だろうか、だとしたら危ないのでは、と目を凝らし、「あッ…!」と声が漏れたと同時に脳裏にキャンプでの話が過った。
「このキャンプ場ってさ、出るらしいぜ」
「兵隊の格好してて」
「ケガっていうか、足が無えの。両方とも」
「匍匐前進でずりずり這いまわって」
「キャンプ場を…テントの周りを夜中中這いずり回るんだって」
火の麓で蠢いてるのは太腿より下が無い兵隊姿の頬の扱けた男だった。
腕の力だけで這う男から目が離せず、周囲は賑わっているはずなのに男が動くたびに地面と擦れる音がやけに大きく耳に届く。
ぐり、と身体を転換させ此方を向いた男と目が合う。
男は友人が瞬きをした瞬間に姿を消し、
狼狽えた友人は腹に走った激痛に息を詰まらせ腹を見遣ると、
友人の腹にはボロボロの軍服を纏った腕が背後から巻き付いて締め上げていた。
脂汗を滲ませた友人はクラスメイトから心配されたが、
友人は悲鳴を堪えるのと激痛に耐えるので精一杯だったという。
ギチギチと音がなる程締められたが、キャンプファイアーの火が弱まり消える頃には腹から腕は消えていた。
友人は今の今までこの事を誰にも話さなかった。噂を聞かせてきたクラスメイトにすら、話さなかった。
友人が足の無い兵隊の男を見たのはキャンプファイアーの時それっきりで、その後は特に何も起きていない。
しかし…
「いなくなったわけじゃない。あの兵隊…キャンプ場から出られないんだろうね」
十数年経った今でも、キャンプ場を這い回る兵隊の目撃談は宿泊した子供たちの間で語り継がれている。
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