「春香(私の名前)へ
ありがとう。救われたのは私だよ。
七海」
手紙を読んで、私は声を出して泣いていた。
私はその日近くのホテルに泊まる事にし、泣いた所為(せい)もあってこの日は早く寝た。
……寝てから数時間が経って起きてしまった。何故(なぜ)か七海の家へ行かなきゃいけない気がする。気付くと私は裸足でホテルを抜け出していた。全力で走り足から血が出る。それでも気にせず走って行った。
七海の家へ着くと何故か玄関が半開きだった。私は低く貼られた標識テープを跨(また)ぎ、玄関の扉を開ける。その瞬間、首筋が粟立(あわだ)つ。家の中はまるで水で満ちていて、墨が垂れたかのように闇が広がっている。
そして家の中に目を凝らした時、廊下の奥の暗がりで何かが動き階段へと消えていくのが見えた。
七海だ。暗闇であまり見えていなかったが直感的にそう感じた。
私は勇気を振り絞って、墨水のようにどんよりとした家の中へ入っていった。
入った瞬間、「ごぽごぽっ……」という水の音と波のような音が耳に飛び込んでくる。それでも、暗く長い廊下に目を凝らしながら進んでいく。すると、さっき七海が消えていった階段が見えた。階段の先は七海とその友人A・B・Cが亡くなった部屋だ。
私は一歩ずつ部屋への距離を縮めていく。湿った階段に足を乗せると、ミシッ、ミシッ、と音が鳴る。そして階段を登り終えると、部屋のドアのノブに手を掛けた。扉はギギギィッ、と唸りながら開く。その時、鼻に海の匂いが掠(かす)った。
そして部屋の奥には、煙のようにぼんやりとして、青白く仄光(ほのびか)る七海の姿があった。
「七海……?」
私は七海に向かって手を伸ばす。すると部屋からパチッ、パキッ、とラップ音が鳴り始め、小さなちゃぶ台の上のコップが落ち、物がガタガタと動く。
その時、青白い靄(もや)の如く透き通った七海は、ゆっくりと近付き私の手を握った。握られても、冷気が触れたような感覚しかない。私の目から涙が頬を伝う。そして七海は言葉を発した。
「大丈夫……ずっと見守っているから……」
ゆっくりと青白い靄は消えてゆく。消えてゆく刹那(せつな)、微(かす)かに「ウミサマ」という言葉が耳を掠った。
そして私は部屋で一人、立ち尽くしていた。
翌朝、私は七海の家の玄関前で石を握って倒れているのを近所の人が見つけ、病院に搬送された。その握っていた石は、私が昔七海にあげた、あの水色の石だった。
それから一年後、私は七海の家の前で手を合わせている。お花と、七海が好きだったお菓子を置いて。
その時、二階の部屋の窓から七海が微笑(ほほえ)んでいるのが見えた気がした。
* * *
「やって来ました!T邸です!」
あれから数年後、私はこの家の管理人になった。そして今日、某テレビ番組で芸能人が撮影をしに来たのだ。
「えー今日は、この物件の管理人の福山(ふくやま)春香さんに来て頂いています!福山さん、この物件で怪奇現象が起こるというのは本当なんでしょうか?」
「はい、ここは元々私の友人の住んでいた家で、友人は他の友人A・B・Cと二階で亡くなりました。偶(たま)にこの家に入ると、ラップ音やどこからともなく水や波の音が聞こえるんです。」
「成程(なるほど)、この家では計四名亡くなっているんですね……何か、この家で恐ろしい体験などはありますか?」
「そうですね、友人が亡くなってすぐ、この家に来た時の話です。その時はまだ標識テープやブルーシートが張り巡らされていて、中には入れなかったんですけど、その日の深夜に目が覚めてしまって。急にここに来なければいけない気がしたんです。それでホテルから裸足で走って来ました。」
「裸足で!?」
「はい、足の裏は血だらけになりました。それでも走って、玄関の標識テープを跨いで入ったら廊下の奥に亡くなった友人が階段を登っていくのが見えて、急いで追いかけたら二階の部屋に青白い友人の姿があったんです。」
「うわっ怖っ!」
「友人なので怖くはなかったんですけどね……」
「あ、怖くなかったんですね?それでは早速、T邸に入っていきましょう!」
玄関を開けて、墨水の如く闇に包まれた家の中へ入っていく。その後に続いてカメラマンも入ってくる。廊下を進み、奥の右側にある階段をミシッ、ミシッ、と上がっていく。
そして、かつて親友が亡くなった二階の部屋の扉を開け、足を踏み入れようとした瞬間、カメラの映像が乱れ途切れた。

























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