「藤原秀郷」
という人物が合致しました。
藤原秀郷は俵藤太の名前でも知られる武将で、平将門公を討った人物の1人でもあります。彼の本拠地は栃木県の佐野市周辺。墓所や城も佐野市でした。
ここまで調べて1つの仮説が浮かんだ時、とんでもない鳥肌が立ちました。
「坂東市で討たれて供養された平将門公は、自分を倒した藤原秀郷が眠る佐野市方面に未だに怒りを向けている」
「その通り道である古河市に、偶然自分たちが住んでいた」
「母の先輩が見たという落武者の生首も、生首の伝説がある平将門公を裏付けるものかもしれない」
以上が私の母が体験した出来事と、私が辿り着いた仮説でした。
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