俺は目の前に座るAさんを見た。
「Aさん、ご主人……いらっしゃいましたっけ?」
「えっ……? 私、ずっと独身ですけど。実家も遠方ですし、こっちには身寄りなんて……」
Aさんの顔から、サァッと血の気が引いていくのがわかった。
俺は背筋に嫌な汗をかきながら、事務員に「適当に誤魔化して電話を切れ。絶対にこっちの状況を教えるな」と指示を出した。
「……先生、どういうことですか?」
震える声で尋ねるAさんに、俺は先ほど図面と写真を見て気づいた「異常性」を率直に伝えた。
隣人は、ただの嫌がらせでゴミを積んだり柵を作っているわけじゃない。
Aさんの家の窓を外から物理的に塞ぎ、さらには外からの視線を完全に遮断するための「死角」を意図的に作り出していること。
そして今、赤の他人であるはずの隣人が「夫」を名乗り、Aさんの居場所を的確に把握して事務所に電話をかけてきたこと。
「Aさん、今日は絶対に家に帰らないでください。当面の着替えを買って、ビジネスホテルに泊まりましょう。……それと、俺が今からAさんの家に行って、直接現場を確認してきます」
民事事件において、弁護士が単独で現場に行くのはリスクもある。だが、元大工としての直感がビンビンに警報を鳴らしていた。これは「法律」でちんたら戦う前に、「物理的」な危険を排除しないと手遅れになるタイプの事件だ。
現場での違和感
日が落ちかけた夕方。俺はAさんから鍵を預かり、彼女の自宅へ向かった。
住宅街の奥まった場所にある、築十数年の戸建て。その隣に建つのが、問題の男の家だ。
現場に着いて、俺は絶句した。
写真で見るより、ずっと「ヤバい」空気を放っていた。
隣人の家からAさんの家の敷地境界線に向かって、黒い防音シートが張られた高い柵が建てられている。素人のDIYなんかじゃない。基礎のブロックの積み方、単管パイプの組み方、どれを見ても**完全に建築の知識がある人間の手際だった。
俺は持参した強力なLEDライトを点け、Aさんの家の外周を調べ始めた。
元大工の目で現場を見ると、狂気はさらに解像度を増して迫ってきた。
一方通行のネジ(ワンウェイねじ):
柵を固定している金具に使われているネジ。これは一度締めると、特殊な工具がない限り外せない防犯用のネジだ。それを、なぜか「Aさんの家側」から外せないような向きで打ち込んである。
不自然な配線:
隣の家の壁から、黒いケーブルが一本、地中を這うようにしてAさんの敷地へと伸びている。
換気口の細工:
Aさんの家の床下換気口。本来なら金属の格子がハマっているはずだが、よく見ると一部が金鋸(かなのこ)のようなもので切断され、接着剤でダミーとして貼り付け直されていた。
俺の心臓の鼓動が早くなる。
「……まさか」
俺は作業着の袖をまくり、ダミーの格子をバールでこじ開けた。
そして、床下の暗がりへLEDライトの強烈な光を向けた。



























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