床下の狂気
光の先、Aさんの家の床下。
そこは、本来なら土台のコンクリートと土しかないはずの空間だ。
だが、そこには「生活空間」が出来上がっていた。
地面には防湿シートが敷き詰められ、その上にはキャンプ用の分厚い銀マット。
ペットボトル、菓子パンの袋、そして……無数のポータブルバッテリーに繋がれた、小型のモニターと録画機材。
そこから伸びたケーブルが、Aさんの家の床板の隙間(おそらくトイレや脱衣所の下あたり)に向かって、何本も這うように伸びていた。
隣の男は、夜な夜な壁を叩いて嫌がらせをしていたんじゃない。
嫌がらせやゴミの放置でAさんの気を外に向けさせ、警察を呼んでも「ただの近隣トラブル」として処理されるよう偽装しながら……本命は、Aさんの家の床下に潜り込み、下から盗撮・盗聴を繰り返していたんだ。
そして、さらに俺をゾッとさせたのは、その銀マットの横に無造作に置かれていたものだ。
結束バンドの束。
ガムテープ。
そして、大型のクーラーボックス。
「……あいつ、今日、実行するつもりだったのか」
その時だった。
俺の背後、つまりAさんの家の裏手の暗がりから、「ジャリッ」と砂利を踏む音がした。
振り返ると、夕闇の中に、作業着を着た男が立っていた。
手には、鈍く光るハンマーが握られている。男は、床下に上半身を突っ込んでいる俺を見下ろし、口元を歪めてニチャリと笑った。
「……あれ? 妻の浮気相手ですか?」
幽霊なんかじゃない。狂気に染まりきった生きた人間の、底知れない真っ黒な目が、俺を捉えていた。
男がハンマーを振り上げようと一歩踏み出した瞬間、俺は咄嗟に手に持っていた強力なLEDライトを男の顔面に向け、最大光量で照射した。
「うぉっ……!?」
強烈な光に目が眩み、男が顔を覆って怯んだ隙を見逃さず、俺は床下から転がり出た。そのまま全速力でAさんの敷地を飛び出し、少し離れた場所に停めてあった自分の車に駆け込んで即座にロックをかけた。
息を切らしながら、震える手でスマホを取り出し、110番に通報した。
「不審者が凶器を持って他人の家の床下に侵入しています! 監禁用の道具もあります、早く来てください!」
もはや「民事不介入」などと言われる段階ではない。明確な住居侵入であり、凶器を持った現行犯だ。数分もしないうちにパトカーのサイレンが鳴り響き、複数の警官が現場に突入した。男は逃げようとしたらしいが、あえなく取り押さえられた。
事件の真相と結末
その後は、弁護士としての俺の独壇場だった。
警察の現場検証に合わせて、俺は元大工としての専門知識をフル活用し、男が作り上げた「死角」の構造や、逃走経路を塞ぐための工作、床下の異常な設備について詳細な報告書を作成した。これにより、ただの近隣トラブルや嫌がらせという言い逃れは完全に封じられた。


























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