壊されたドアから、中へ入っていく。外壁も落書きが多かったが、中も至る所に文字や絵が描かれている。ゴミも散乱していたことから、他の人間が今この場所にいることも考えたが、耳を澄ませても自分たちが踏みしめるガラスやゴミの音が反響するばかりなので、おそらく誰もいないのだろう。
入っていった場所は廃ホテルのロビーにあたる部分で、カウンターや客室へつながる廊下を抜けていくと、地下につながる階段が見つかった。ホテル内の地図も見当たらず、荒れ放題で物も乱雑に置かれているため、この地下の空間が一体ホテルのどういった部分に該当するのかはわからない。ただ、とにかく目的地は地下にあるので、慎重に階段を降りていく。
階段を降り切ると、細長い廊下が続いていた。物置のような部屋が何箇所かあった後、廊下の一番奥の部分に「御手洗」と磨りガラスに書かれている部屋が二つある。それぞれ「紳士用」「婦人用」と書かれており、扉は閉まっていて中の様子は磨りガラス越しにしか見えない。
「ここ、ですよね?」
俺の言葉にA先輩はこくりとうなづく。
扉はドアノブなどはなく、押すと開くようになっている。
俺は、「紳士用」と扉を慎重に押して開いていった。
「……あ」
椅子だ。こちらを向くようにして、木製の椅子が一つ、場違いに置かれている。
「ここで間違いなさそうだね」
A先輩はそういって、震えながらも椅子に近づいていくと、ゆっくりと座った。
「カメラ、お願いしていいかな?」
椅子に座った先輩が、なんとか笑顔を作りながら俺に向かっていう。
三脚を受け取って、先輩の前に設置する。
「カメラは、俺のスマホで良いんですか?」
「うん。私、スマホ持ってきてないし。〇〇君のでお願い」
「車に置いてきたんですか?」
「ううん、持ってきてないの。使わないから」
はやくはやく、と先輩に急かされて、俺は自分のスマホを三脚に設置すると、録画を開始する。
「……あと5分くらいか。間に合ってよかった」
先輩がつぶやく。
「あれ、持ってきたよね?頂戴」
先輩の差し出した手に、俺はポケットから髪の毛が入ったジップロックを取り出して渡した。
「本当にありがとね。そこで、どうか最後まで見ていて」
俺はカメラの画角に入らないように三脚の後ろに立って、先輩を正面から見つめる。
沈黙が流れる。
左手の腕時計を見ると、0時まであと10秒ほど。
A先輩は、目を閉じていて、静かにその時を待っていた。
…3、2、1…
しばらく俺たちはじっとしている。何も起こらない。
……腕時計を見る。0時2分ほどだ。

























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