その日の帰りの会で、桃野先生はみんなが静まるのを待った後、ゆっくりと話し始めた。
「みんな、今から、とっても大事なお知らせをするね。
実は来週の水曜日に、こうきくんとふみちゃんが「しずくの家」を卒業します。
こうきくんとふみちゃんはこのクラスの大切な仲間だったよね?
なので、みんなで、こうきくんとふみちゃんが旅立っていくのを見届けたいと思っています。
でもね、もう、こうきくんとふみちゃんはみんなと一緒だった時の面影は残ってないんだ。
立派なカタツムリさんになってるんだよ。
だからみんなも、怖がらずにこうきくんとふみちゃんを最後まで見届けてあげてね。
そうすれば、みんなの思いも、こうきくんとふみちゃんに、きっと伝わるはずだから」
「しずくの家」で完全にカタツムリになった子供は、「しずくの家」を旅立って、その後何十年もひたすら街の中を彷徨い歩く。
そして、”卒業”するカタツムリが人間だった時のクラスメイトは、そのカタツムリが解放されて街へと消えていく様子を見届けることになっている。
つまり、ぼくたちのクラスは、今回初めてカタツムリの”卒業”に立ち合うことになった。
帰り道、優斗が重苦しそうに言う。
「1カ月前、隣のクラスが「しずくの家」の卒業式に行って、帰ってきた時のこと、覚えてる?」
ぼくは答える。
「うん。みんなすごく暗い顔をして、泣いてる子もいた。
一緒に過ごした子があんな姿になっちゃうなんて、やっぱり耐えられないんだよ」
前に見える交差点を、大きなカタツムリがゆっくりと横切っていく。
この子は、いったい何年前に、どこの小学校にいたのだろう。
「ふみとこうきも、今はこうなってるんだよな・・・」
優斗が、ぽつんと呟いた。
2.
一週間後、ぼくらのクラスは「しずくの家」の入口に面した駐車場に集まっていた。
「それでは今から、ふみちゃんとこうきくんが、「しずくの家」から出てきます。
みんなは、暖かい拍手で出迎えてあげてください」
先生がそう言うと、入口が開けられた。
中からは、大きな台車に乗せられた2つの檻が出てきて、やがてそれらは僕らが列をなして立っているすぐ前まで運ばれてきた。
「ふみ」、「こうき」とそれぞれ書かれた名札が付けられた檻に入っていたのは、街で見かけるものよりも二回り小さくて、そしてそれ以外は何も変わらない、2匹の大きなカタツムリだった。
分かってはいたけれど、衝撃だった。
こっちが、スポーツ少年団に入って必死に野球を頑張っていたあのこうきくんで、こっちが、みんなに算数を教えてあげていたあのふみちゃんだったなんて。
後ろで、2人のお母さんらしき人が泣き崩れる声が聞こえた。
そして、それが全体に広がっていくように、みんなが泣き始めた。
「しずくの家」の職員さんが言う。
「みんな、みんなが泣いてたら、ふみちゃんとこうきくんだって、きっと悲しむよ。
最後はみんなで、明るく送り出してあげようよ。
今日はマジックを持ってきたから、ふみちゃんとこうきくんの殻に寄せ書きをしてあげよう」
ぼくたちは涙を拭いながらマジックを受け取ると、檻の隙間から、おそるおそる2人の殻に寄せ書きをしていった。
「あのときはさん数の宿だいを手伝ってくれてありがとう。いつまでもやさしいふみちゃんでいてね。」
「いつもいっしょにおにごっこをしたよね。カタツムリになったら、いろんなところを探けんして、またいつか、その話をきかせてね。」
「私も、ふみちゃんと同じようにカタツムリになることが決まったよ。もう少ししたら、またいっしょにあそぼうね。」
気づけば、ぼくたちは次々に、無我夢中で寄せ書きを書いていた。
これが最後だから。
もう二度と会えないかもしれないから。
最後に2人のお父さんとお母さんが寄せ書きをして、泣き腫らした顔で全体に向けて感謝の言葉を口にした後、とうとう別れの時はやってきた。
校門に移動して、2つの檻が設置される。
拍手と啜り泣きの声の中で檻が開け放たれると、2匹のカタツムリはゆっくり、ゆっくりと檻を出て、校門を出て、踏切の奥の路地裏へと消えていった。
その長い間、ぼくたちは拍手を絶やすことなく、目を真っ赤にしながらその様子を見守った。
みんなが書いた寄せ書きは、明日の雨によって洗い流されて消えていく。
そして、ふみちゃんとこうきくんは、ふみちゃんではなくなって、こうきくんではなくなって、もうぼくたちとすれちがっても、ぼくたちはお互いのことも分からないんだろう。
2匹の後を見送りながら、ぼくはそんなことを考えていた。



























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